空の水袋

岩砦の井戸前に、空の水袋が吊られていた。

山羊革は朝の風に膨らみ、痩せた腹のように揺れている。中には水の代わりに、乾いた棗の種が一つ入っていた。揺れるたび、かさりと鳴る。

ラシード・カイルとムサブ・ハンナは、袋を挟んで曲刀を抜いた。

砦は包囲され、井戸を守る傭兵頭を一人だけ雇う。城内の水は壺三十。兵と住民を合わせれば二日分しかない。傭兵頭には水一杯が毎朝つく。負けた者は門外へ出され、敵より先に渇きに殺される。規則は単純だった。水袋を先に斬った者が勝ち。ただし相手に背を向ければ、その背を斬られても文句は言えない。

ムサブは袋を見た。ラシードは袋の影を見た。二人は以前、同じ隊商を守っていた。盗賊に襲われた夜、ムサブは荷を守り、ラシードは子供を乗せた駱駝を逃がした。隊商主は荷を守った方へ金を払い、子供の親は死んだ。正しさは、その日から二人の間で乾いたままだった。ムサブは荷を守った金で立派な刀を買い、ラシードは助けた子の名すら知らない。今は同じ井戸を欲しがっている。

風は右から左へ吹き、袋はムサブ側へ大きく振れる。長身のムサブなら一歩で届く。ラシードには二歩要る。砦主が最初から勝者を決めている置き方だった。

「降りるなら今だ」

ムサブが言った。

「空袋を譲って、何を飲む」

合図の笛が鳴った。

ムサブは袋の戻りを待った。右へ振れ、左へ戻る、その一瞬に踏み込めば斬れる。ラシードは動かない。

袋がムサブの肩先へ戻った。

ムサブが曲刀を上げる。

ラシードは袋ではなく、吊り縄を斬った。

風を受けていた革袋が、ムサブの顔へ貼りついた。中の棗の種が歯に当たり、乾いた音を立てる。ムサブは反射で袋を払った。その手首へ、ラシードの刃が触れた。

血は一筋だけ落ちた。

切られた袋は風に転がり、井戸の石組みで止まった。ムサブは曲刀を下ろした。

「袋を斬る勝負だ」

「縄も袋の命だ」

ラシードは答えた。砦主は不機嫌そうだった。自分の贔屓が負けたからではない。空の袋一つで意図まで読まれたからだ。

やがて井戸番へ顎をしゃくった。

砂を噛んだ鉄格子が持ち上がり、井戸の門が開いた。