空席のサンドイッチ

図書館司書の果歩は、毎週水曜、公園の同じベンチでサンドイッチを食べる。

隣にはいつも、鳩へパン屑をやる老人がいた。名は知らない。挨拶をして、天気の話をするだけだ。

果歩のサンドイッチは胡瓜とハム。老人は銀紙に包んだジャムパン。互いに交換したことはないが、「今日は辛子が多い」「苺より杏が好きだ」と、味の報告だけはしていた。

十一月の水曜日、老人は来なかった。

ベンチの隣半分が広く見える。果歩は弁当を開き、胡瓜の青い匂いを嗅いだ。風が銀杏の葉を足元へ運ぶ。鳩が一羽、空席の前を歩いた。

翌週も、その次も老人は来なかった。

十二月、果歩が一人で食べていると、若い女性が近づいてきた。手に見覚えのある銀紙の包みを持っている。

「ここに、父がよく座っていましたか」

入院した父から、公園の司書さんへ渡してほしいと言われたらしい。包みには杏ジャムのサンドイッチが二切れ入っていた。

「父、話し相手がいるって喜んでました」

果歩は自分の胡瓜サンドを一切れ、女性へ渡した。二人でベンチに座る。杏の甘酸っぱさと胡瓜の冷たい歯触りは合わなかったが、交互に食べると不思議に飽きなかった。

女性は父の名が史郎だと教えた。果歩も初めて自分の名を伝えた。

食べ終える頃、鳩が寄ってきた。果歩はパンをやらず、膝の上の屑を丁寧に銀紙へ包んだ。

翌週、ベンチの隣はまた空いていた。けれど果歩は、ジャムを薄く塗ったサンドイッチを一切れ余分に持ってきた。食べる相手が来なくても、包みを開けば杏の香りがして、名前を知った人の席が少し温かく感じられた。

春になり、史郎は杖をついて公園へ戻ってきた。果歩は空けておいた席へ座ってもらい、杏ジャムの包みを渡した。史郎は一口食べ、「今日は胡瓜じゃないんだね」と言う。三人分には少し足りない昼食だったが、桜の風がパンの甘い香りを長く運んだ。

史郎はパン屑を一つだけ鳩へ投げた。鳩がついばむのを三人で眺め、誰からともなく笑う。冷たい胡瓜と甘い杏のあとに飲んだ水筒の紅茶は、春の風でちょうどよく冷めていた。