空白を履歴と呼ぶ

鳴海瑛斗は求人を開くたび、最初に〈履歴を自動生成〉を押す。

買い物、移動、通信、税記録から採用AIが職歴を作る。候補者が自分で書いた経歴は、誇張や偏見を避けるため選考に使われない。それが新しい履歴書の決まりだった。

画面には、昨夜遊んだ対戦ゲームが〈四人チームの資源配分と即時判断〉、動画投稿への返信が〈継続的顧客対応〉として並んだ。瑛斗は苦笑しながら、向かいの席に端末を滑らせた。

「次、アディル」

アディル・サイードは来日して三年になる。日本語のほかに三つの言葉を話し、故郷では停電した診療所の発電機を直し、避難車列で百人近くの行き先を通訳した。だが戦火の七年間は通信網がなく、給料も現金だった。

〈履歴を自動生成します〉

白い画面がしばらく回る。

〈十六歳から二十三歳まで活動記録なし〉

〈実務経験 0年〉

〈推奨職種 社会適応訓練生〉

アディルは読み終えると、冗談めかして肩をすくめた。

「七年間、寝ていたらしい」

今日応募するのは、国際物流会社の災害対応係だった。募集要項には〈多言語経験者歓迎〉とある。瑛斗が手入力欄を探すと、注意書きが出た。

《本人申告は候補者間の公平性を損なうため、評価されません》

「俺が証言する。避難所で会った人にも連絡して」

「あなたの言葉も、記録じゃない」

締切まで五分。瑛斗の端末には同じ会社から推薦が来ていた。ゲームの戦績と、海外通販の利用履歴が〈国際輸送への高い適性〉と判定されたらしい。語学は翻訳機任せで、発電機の蓋を開けたことすらないのに。

アディルは瑛斗の推薦画面を見て、静かに言った。

「受けた方がいい。君が悪いわけじゃない」

瑛斗は近くの印刷機で、二人の自動履歴書を出した。自分の紙には細かな文字がびっしり埋まり、アディルの七年間は大きな余白になっていた。

その余白へ鉛筆で書く。

〈通訳。修理。介護。避難誘導。生存〉

二人で会社の無人受付まで走り、締切直前に紙を差し込んだ。

スキャナーは印字された部分だけを読み取り、鉛筆の文字を白く消して、履歴書を吐き出した。