窓の向こうに太陽を返す
大聖堂の窓清掃員ルジェッタは、夜明け前に仕事を始める。
百段の梯子を上り、七色硝子についた雨跡を拭く。祈りが始まる頃には姿を消すため、司祭たちは窓が最初から輝いていると思っていた。
彼女の技能は、採用時に一度だけ確認された。
【窓清掃:窓越しの視界を遮る付着物を除去する。】
吸血公が王都を襲った日、太陽は昇らなかった。
空は黒い幕に覆われ、昼鐘が鳴っても街は夜のまま。闇の中では吸血兵が傷を瞬時に塞ぎ、人々は大聖堂へ追い込まれた。
司祭たちは光の祈りを唱えた。だが、天から届くはずの光がない。最後の扉が破られ、吸血公が悠然と身廊へ入ってくる。
「太陽は封じた。この国に朝は来ない」
皆が祭壇へ下がる中、ルジェッタだけが東窓を見上げていた。
七色硝子は磨いたばかりで曇り一つない。それでも向こうが暗い。よく見ると、黒は遠い空ではなく、硝子の“向こう側”へ薄膜のように貼りついていた。
この大聖堂の東窓は《天界の窓》。地上と空をつなぐ境界そのものだと、古い清掃台帳に書かれていた。
ならば夜は、窓越しの視界を遮る付着物だ。
ルジェッタは梯子を蹴り、窓枠へ駆け上がった。毎朝、誰もいない空中で身につけた足運びだった。吸血公が闇の槍を投げる。彼女は腰綱一本で身を振り、槍をかわしながら長柄のスクイージーを硝子へ押し当てた。
上から下へ、一筋。
黒い夜が水垢のように剥がれ、細い朝日が差し込む。
もう一筋。
光は剣となって吸血兵を貫き、その再生を止めた。
最後に中央を拭き切ると、貼りついていた永夜の魔法が丸ごとめくれ、吸血公の頭上へ落ちた。夜をまとっていた本人だけが闇に包まれ、そのまま朝日の中で灰になる。
大聖堂に、本物の夜明けが満ちた。
司祭長は祭壇から降り、梯子の下で深く頭を下げる。ルジェッタがいつもの布を絞ると、汚水ではなく星屑が桶へ落ちた。
東窓の職能刻印が朝日に燃え、彼女の名札を新しく照らし出す。
【職業「大聖堂窓清掃員」が上位職「天窓開光官」へ書き換えられました】