窓の隙間

倫花は編集会議で発言したことがほとんどなかった。児童書の出版社に入って三年、企画を考えるのは好きだったが、会議室では声の大きい人の意見が正しく見えた。反対を言えば空気を悪くする。黙っていれば、少なくとも間違えない。

 斜め向かいの藤堂理一は、校正部から来た無口な同僚だった。誰かの冗談に笑うこともなく、赤鉛筆を短くなるまで使う。会議では資料の端を揃え、求められたときだけページ番号を答えた。

 新シリーズの表紙案を決める日、倫花が会議室へ入ると、理一が窓の鍵に触れていた。外は二月で、暖房が効いている。

「寒いですよ」

 理一は窓を三センチだけ開け、倫花にメモを見せた。

『会議が始まる前に、風の通り道を一つ作る』

「換気ですか?」

 返事はない。カーテンの端が、息をするように揺れた。

 倫花の資料の余白には、前夜に書いた反対意見があった。朝になって怖くなり、鉛筆で何度も塗り潰したため、紙だけがそこだけ薄く毛羽立っている。誰にも読めないのに、自分には何を書いたか見えた。理一はその跡に気づいても、資料を覗き込まず、窓のそばの席へ静かに座った。

 会議では、人気イラストレーターの華やかな案に票が集まった。倫花はもう一案の、子どもの顔を描かない静かな表紙が好きだった。主人公の孤独を考えれば、こちらの方が物語に合う。けれど部長が「異論ないね」と言うと、全員のペンが決裁欄へ向かった。

 三センチの隙間から、冷たい風が入る。積まれた見本紙の一枚がめくれ、静かな表紙案が現れた。理一は押さえない。倫花を見もしない。

 正解を示されたわけではなかった。風がなければ、黙る理由を守れた。今はただ、紙が一枚めくれただけだ。

 部長が判を押そうとする。倫花の喉は乾いた。反対して採用されなければ、恥ずかしい。採用されても、責任が生まれる。

 カーテンがもう一度揺れた。

「待ってください」

 自分の声が、暖房の音より大きく聞こえた。倫花は静かな表紙案を自分の前へ引き寄せた。

「私は、こちらを推します」