竜騎士は膝をつかない
カイラは婚約の誓いで剣を置いた。公爵家の嫡男ダリオが「妻が竜騎士では体面が悪い」と望んだからだ。従った結果、竜との契約を失い、爵位も給金も奪われ、最後には「役に立たない女」と婚約を破棄された。
落雷の夜に死んだはずが、次に聞こえたのは誓約殿の鐘だった。
白い手袋が一組、祭壇に置かれている。ダリオは前と同じ優しい声で言った。
「愛しているなら、剣を置けるね」
一度目のカイラは剣帯を外し、彼の前に膝をついた。今度は白い手袋だけを拾い、ダリオの胸へ返す。
「愛しているなら、私の剣ごと選べますね」
列席者がざわめいた。ダリオの笑みが薄くなる。
「騎士の真似事は結婚までだ。公爵夫人が前線に立つなど認められない」
「では、公爵夫人にはなりません」
カイラは剣を抜かなかった。ただ柄に手を添え、自分の竜を呼ぶ短い口笛を吹いた。天井の窓が震え、蒼竜ラグナが外壁へ降り立つ。前回、契約を捨てた瞬間に二度と目を合わせてくれなくなった竜だ。
ダリオが命令する。
「その獣を下がらせろ!」
ラグナは低く唸ると、彼ではなくカイラの前に首を垂れた。首輪の宝石が青白く光り、誓約殿の壁へ騎士法が投影される。
《竜と相互契約を結ぶ者に、第三者が契約破棄を強要することを禁ず》
式を司る元帥が杖を鳴らした。
「強要の事実を確認した。ダリオ・ベルガンの竜騎士家との婚姻資格を停止する」
列席していた若い騎士たちが、次々と剣の柄へ拳を当てた。誰か一人が拒めば、同じ条件を押しつけられていた者たちも声を上げられる。カイラが守ったのは、自分の剣だけではなかった。
前の人生でカイラの名を消した婚約札が、今回は彼女の分だけ金色に残った。隣の表示には新しい文字が刻まれる。
《カイラ・エルド――第一飛竜隊長、継続》
「そんなはずでは……君は私を選ぶはずだ」
初めて狼狽する男を見下ろし、カイラは鞍へ飛び乗った。
「二度とも選びました。最初はあなたを。今度は私自身を」
ラグナの翼が開き、白い手袋だけが祭壇に残った。