練習した記憶

禅は、私の記憶を整えるのが上手だった。

私は緊張すると話が前後する。婚約してから彼は、週末の出来事を一緒に言い直してくれた。「土曜は白い傘で出かけた」「九時四十分には家に戻った」と、正しい順番をノートへ書く。

ただ、先月の雨の日だけは妙に細かかった。

「車は運転していない。そう言ってみて」

私が繰り返すと、彼は録音を止め、壁の時計を十一分進めた。理由を尋ねると、「遅刻癖を直すため」と笑った。

もう一つ、紺色だった傘を、禅は何度も白だと言い張った。私が間違えているのだろう。彼はいつも落ち着いていて、私はすぐ混乱する。

禅は私の曖昧さを責めず、「君の代わりに覚えておく」と言った。レストランで何を頼んだか、誰から電話が来たかまで彼のノートが正解になった。私が違う気がすると言えば、疲れているせいだと温かい牛乳を出してくれた。だから事故の夜についても、私自身のぼんやりした感覚より、彼の整った文字を信じた。

数日後、警察が来た。雨の夜、駅前で女性が車にはねられたという。禅の車と同じ車種が防犯カメラに映っていた。私は胸を張って答えた。

「その時間、彼は家にいました。私たちは白い傘で帰って、九時四十分には――」

刑事は私の話を遮らず、禅だけを見た。彼は私の手を握り、親指で二度、甲を叩いた。練習で言葉に詰まった時の合図だ。

その夜、禅の上着から修理工場の控えが落ちた。受付時刻は事故の翌朝。交換部品は右側のミラー。私は控えを隠し、彼を守ろうとした。

けれど、ノートの間から古い新聞の切り抜きも出てきた。事故の記事には、被害者が持っていた紺色の傘が現場に残されたとある。

「どうして私に嘘を覚えさせたの」

禅は驚いた顔をしたあと、悲しそうに笑った。

「君が証人になってくれると思ったから」

私は愛されていたのではなく、使われていたのだ。そう気づいた時には、私の録音は警察へ提出されていた。

あの夜を最も正確に語れる声だけが、そこにいなかった私のものだった。