老兵の十三歩

一歩目で、イスカリの髭に白いものが混じった。

牢の最奥まで、あと十二歩。

彼が握る《歳喰い》は、抜いたまま一歩進むごとに、使い手から五年を奪う。扉の前で抜けばよかったのに、と誰もが言うだろう。だが回廊には、剣を抜いた者しか踏めない封印が敷かれていた。

今朝のイスカリは二十歳だった。十三歩なら六十五年。牢へ着くころ八十五歳になる計算を、妹には告げていない。助け出したあと一緒に暮らす家を、昨日まで本気で探していた。

二歩目。膝に鈍い痛み。

三歩目。額へ一本の皺。

鉄格子の向こうで、妹が首を振っていた。今朝まで二十歳だった兄が、数歩ごとに父親の年齢へ近づいていく。

「来ないで」

四歩目。声が低くかすれた。

五歩目。古傷のないはずの腰が曲がる。

回廊の両側から看守が現れた。イスカリは足を止めず、剣を横へ滑らせる。《歳喰い》は年齢を奪うだけで、斬れ味に呪いはない。だからこそ、一歩を無駄にできなかった。

六歩目で一人を斬り、七歩目で槍を避けた。

八歩目。奥歯が一本抜け、血の味がした。

九歩目。妹の顔が、幼いころの母に似て見えた。

「兄さん、もういい!」

「まだ十歩も生きている」

自分で言って、計算が合わないことに気づく。頭の中まで老いていた。

十歩目。看守長が牢の鍵を掲げる。

十一歩目。イスカリは振り下ろされた斧を受け、手首の骨が軋んだ。

十二歩目。剣を返し、看守長の胸を裂く。鍵が床へ落ちる。

最後の一歩だけが遠かった。視界の端が暗くなり、肺が空気を拒む。妹は鉄格子から腕を伸ばしている。昔、川で溺れた彼女を引き上げたときも、同じ細い腕だった。

十三歩目。

イスカリは鍵を拾い、牢を開けた。

妹が飛び出し、白髪の老人を支える。彼の背は彼女より低く、頬は深く落ちくぼんでいた。

「兄さん」

その呼び方だけが、失われた六十五年を越えて届く。

イスカリは剣を鞘へ戻した。もう年は奪われない。

だが妹の腕の中で息をついた男は、救いに来た兄ではなく、兄が生きられなかった老後そのものだった。