聖女失格の鐘が鳴る前に
夜明けの鐘が鳴れば、アリシアは聖女ではなくなる。
王都を覆った灰熱病を祓うため、彼女は大聖堂で浄化の祈りを捧げた。白い光は一度だけ広がり、患者たちの熱を下げた。だが病の根は消えず、翌晩には再び額が熱くなった。
「奇跡は不完全だった」
大神官の判定は正しい。大聖堂の外には、完治を信じて集まった人々がいる。アリシアは窓越しに、再び水桶と薬布が運ばれていくのを見た。期待させたぶんだけ、失敗は重い。アリシア自身が一番よく分かっていた。聖女候補の部屋へ戻り、白衣を畳む。前の修道院でも、薬草畑を枯らした翌日に門外へ出された。今回も鐘が鳴れば、三人は自分を見送る側に回るだろう。
机の上には、騎士ディルクから借りた短剣、薬師セスの銀匙、司祭ハロルドの祈祷書がある。三つとも、聖女になった祝いに預けられた品だった。資格を失えば、持っていてはいけない気がした。返却札を添えて廊下へ出ると、扉の前に大盾が立てかけられていた。
その持ち主のディルクは、床に座って眠っている。
「なぜ、ここに」
彼は片目だけ開けた。
「病人の家族が押しかけないよう見張っている。お前が出るときまで、この盾は動かさない」
「私は失格になるのよ」
「盾は肩書きを守っているんじゃない」
奥の資料室では、セスが机を二つ並べ、灰熱病の記録を山にしていた。彼は銀匙を受け取らず、代わりに新しい薬瓶をアリシアへ渡す。
「祈りで一晩下がった。なら、その一晩で薬を効かせる。次は組み合わせるぞ」
礼拝堂へ行くと、ハロルドが鐘楼へ続く綱を椅子に結びつけていた。
「勝手に止めていい鐘ではないでしょう」
「失格の鐘ではなく、朝の鐘にする。判定は受ける。追放とは別だ」
アリシアは返却札を握りしめた。失敗した。患者はまだ苦しんでいる。明日から聖女を名乗れないかもしれない。それでも三人は、彼女の次の一日に自分の役目を置いていた。
「また捨てられると思った」
ディルクは盾の位置を直し、セスは空いた椅子を引き、ハロルドは鐘綱を解いた。
夜明けの音が鳴り渡る。
その鐘の下に、アリシアの帰る席は三人分の手で残されていた。