腐らない軍隊
「食べ物の中で生き物が増えていると分かる? 酵母と毒の区別もつかぬなら無能だ」
遠征軍の技能審査で、ナディスは炊事隊へさえ入れてもらえなかった。
【固有技能:《微生光》――触れた食べ物の中で微小な生き物が増殖している間だけ、青い光が見える】
何が増えているかまでは分からない。軍医長フェルンは「発酵酒まで危険扱いする技能だ」と切り捨てた。
三日後、兵二百人が高熱と腹痛で倒れた。敵の毒だと疑われ、井戸へ兵が集まる。だが水を替えても患者は増えた。明朝までに原因が分からなければ撤退である。患者は同じ部隊に偏らず、毒見役も無事だったため、参謀たちは呪いだ、敵の霧だと責任を押しつけ合った。炊事場では倒れた給仕の代わりに、さらに素人兵が包丁を握っていた。原因を誤れば、衛生を直すどころか無実の井戸番を処刑するところだった。
ナディスは食堂へ入り、残った夕食へ触れた。煮込み鍋は光らない。焼きパンも光らない。ところが、上に散らした刻み香草だけが青く光った。
香草そのものは朝採れだった。彼は調理台を追う。生の沼鳥を切った木板で、洗わずに香草を刻んでいた。包丁の柄、布巾、給仕の手。光は同じ道筋で広がっている。
前世で習った食中毒対策を、ナディスは即座に命じた。生肉用と完成品用の板を色分けし、布巾は煮沸、手洗い場には灰石鹸を置く。煮込みは中心まで再加熱し、作った時刻を札に書き、古いものから使う。光る食材は発酵壺を除いて隔離した。
「料理は火を通せば安全だろう」
炊事長が反発する。
「火を通したあとに、汚れた刃を入れれば戻ります」
翌日、新たな患者は一人も出なかった。三日目には遠征軍が進軍を再開し、敵は「毒が効いた」と油断したまま陣を破られた。
フェルンは青く光る古い布巾を見つめ、審査票を丸めた。
「敵の毒ではなく、我らの手順が兵を殺していたのか」
軍医長はナディスへ、治療隊の白章ではなく全軍の炊事印を渡した。
「病人を治す者だけが軍医ではない。今日から、病人を作らぬ者を私の上席とする」