膨らんだ樽

乾ドック入りした貨物船〈青岬丸〉の船底倉で、経理係の駒津が樫樽の中から見つかった。樽は横倒しで、上半身だけが蓋口に詰まっている。ところが樽の胴は昇降口より七センチも太く、階段にも掛からない。板を割れば内部の痕跡が壊れるため、遺体は樽ごと動かせなかった。

船に残っていたのは樽職人の守屋、事務長の釘宮、機関士の周防。駒津は密輸品の架空伝票を見つけ、翌朝、船主へ渡す予定だった。守屋は「そんな太い樽は最初から下へ入らない」と首をひねり、釘宮は積荷表から樽の存在自体を否定した。周防は夜中の浸水警報について、「古い船ではよくある誤作動だ」と片づけた。

船底倉には監視カメラがなく、昨夜の浸水警報も周防が一人で解除していた。釘宮は積荷表を何度もめくり、守屋は樽の木目を見たまま口を閉ざした。誰かが人間より先に樽の性質を利用している。私は樽を壊す前に、見るものを三つに限った。

第一。昇降口の木枠には幅六十二センチの新しい擦り傷があり、乾燥時の同型樽は六十一・五センチ。現在の樽は吸水して六十八センチまで膨らんでいた。

第二。樽の外側には底から三十センチの水線が残るのに、内側に水線はない。駒津の服も袖口以外は乾いている。人と樽を置いたあと、船底倉だけが短時間浸水した形だった。

第三。排水ポンプの逆流弁にあった封印糸は切られ、弁箱の中にだけ備える濃紺の機関室用より糸で結び直されていた。同じ糸が、周防の作業着のほつれを繕っている。

周防は「似た糸ならどこにでもある」と言った。守屋は樽の膨らんだ胴を見たまま、何も答えなかった。

樽は太いまま運び込まれたのではない。周防は乾いた樽を昇降口から下ろし、殺した駒津を中へ入れたあと、排水ポンプを逆転させて船底倉へ水を戻した。外側だけが吸水して胴が膨らみ、排水後も昇降口を通れなくなったのである。木枠の幅が搬入時の細さを、内外の水線が浸水の順序を、結び直した封印糸が弁の操作者を示す。動かせない樽は、周防が水で作った即席の檻だった。 逆流弁を扱える立場と、濃紺糸の一致も他の二人には説明できなかった。