自分を裏切った者
小此木咲耶は、投票用紙へ自分の名前を書き、胸の透明ポケットへ差し込んだ。
北見沢拓が眉をひそめ、飛鳥井麻友は壁の古い映像へ目を戻した。三人の前には、ゲーム参加前に録画された「自分への誓い」が流れている。
拓は〈弱い者を見捨てない〉。
麻友は〈誰の命も数字で選ばない〉。
咲耶は〈主催者の命令には絶対に従わない〉。
規則は一つ。
〈自分を裏切った人物へ投票できた者を解放する〉
二人は「自分」を、投票者本人だと考えた。拓は自分を陥れたと思う麻友へ、麻友は情報を隠した拓へ票を入れる。
咲耶は違った。「自分を裏切る」は、他人が自分を裏切ることだけではない。自分自身が、自分の誓いや信念を裏切ることもある。
開始直後、天井の声は三人に「椅子へ座れ」と命じた。従わなければ首輪を作動させる、と脅した。咲耶は座った。
つまり彼女は、主催者の命令に従わないという自分の誓いを、すでに自分で破っている。
『言葉遊びです。裏切るとは通常、他者との信頼を損なう行為です』
「なら、なぜ私たち自身への誓いを映したの?」
声が止まった。
この映像は罪悪感を刺激し、互いの過去を暴かせるための演出だった。主催者は、人が自分に対して抱く信頼だけを、判定から除外したつもりでいた。
残り十秒。拓が小さく呟く。
「俺も、さっき麻友を見捨てる票を入れた。誓いを破ったなら、自分へ変えれば――」
投票変更は締め切られていた。
判定光が三人をなぞる。
〈小此木咲耶による自己への背信――確認〉
〈投票先、小此木咲耶〉
〈正解〉
咲耶の首輪が外れる。
麻友は悔しさより、納得した顔で笑った。
「一番近くにいる裏切り者ほど、見えないものね」
咲耶は立ち上がり、最初に命じられた椅子を蹴り倒した。
「今度は命令じゃなく、自分で立つ」
出口の向こうへ踏み出した時、誓いの映像から、過去の咲耶がまっすぐこちらを見ていた。