花嫁の透明傘
結婚式場の通用口で、甲斐谷透子の透明傘が、白いリボンの傘に取り替わっていた。
透子の傘には青いリボンが結ばれている。雨の日の搬入口でも見失わないように付けたものだ。残された白い傘は、明日の前撮りで花嫁が使う小道具だった。
夕方、通用口へ来たのは花嫁の新津朱音、その母の早瀬美貴、撮影担当の高辻零士。高辻は機材を車へ運び、美貴は朱音と口論したあと、一人で帰った。朱音は控室にいるはずだった。
床には青いリボンの糸が一本。サービス通路には、ドレス用の白い靴で踏んだ小さな水跡が続いている。白い傘の留め紐は、急いだ人が左手で結んだように逆向きだった。
透子が裏門へ走ると、バス停の前に二つの人影が見えた。朱音が透子の傘を差し、美貴の肩を半分入れている。
口論の原因は、式で父親の席を空けておくかどうかだった。両親は離婚して長く、美貴は「来ない人の席まで用意しなくていい」と言った。朱音には、母が自分まで置いて帰ろうとしているように聞こえたらしい。
「お母さん、傘を持っていなかったから」
戻ってきた朱音は、濡れたドレスの裾を押さえた。
「自分のを持っていけばよかったでしょう」
「白い傘を差して追ったら、花嫁のまま話すことになる気がして」
だから朱音は、仕事用の青い傘を選んだ。明日の主役ではなく、ただの娘として母を呼び止めるために。
白い傘を代わりに置いたのは、透子が帰れなくならないようにするためだった。勝手に借りたことを謝りながら、朱音は少し笑う。
「やっと言えました。来ない人の席より、帰ろうとする人を止めたいって」
美貴も戻ってきた。手にはコンビニで買った温かい缶の紅茶が三本ある。
「青い傘、三人では狭かったわね」
「明日は白い傘が大きく見える角度で撮ります」
高辻が、何も聞かなかった顔で言った。
透子は白い傘を朱音へ返し、青いリボンの糸を結び直した。美貴が缶を一本差し出す。
蓋を開けると、甘い湯気が上がった。
「明日は、三人とも濡れない席にしましょう」