花嫁衣裳の切断線
婚礼衣裳店《青雫》で、オルフェナ公爵令嬢は完成したばかりのドレスを鋏で切った。
胸元から裾まで、真珠刺繍が裂ける。
「まあ、縫製がほどけたわ。式は三日後なのに」
店主ソレッタの前で、令嬢は泣くふりをして笑った。
「無料で作り直しなさい。隣国王女が予約した月絹を使って。できなければ、あなたが故意に壊したと触れ回るわ」
付き添いの貴族たちは、平民の仕立屋が青ざめるのを待っていた。
ソレッタは裂け目へ触れず、注文契約書を開く。
「破損原因の確認票へお願いいたします」
「書けば満足?」
令嬢は〈試着のため腕を上げただけで自然に裂けた〉と記し、指輪の公爵印を押した。
「これで王女の布を出しなさい」
「出せません。ですが、原因は確定しました」
ソレッタが室内鏡の縁を押すと、鏡面に銀の線が浮かんだ。高価な月絹を扱う試着室では、刃物の持ち込みを検知すると鏡がその軌跡を保存する。
映ったのは、オルフェナが袖から鋏を出し、布へ突き立てる姿だった。
さらに鋏の柄には、彼女自身の婚礼紋が彫られている。
「盗撮よ!」
「契約書第六条に、刃物検知記録への同意があります」
「細かい条文など無効よ。私は公爵家の娘なのよ!」
令嬢は怒鳴りながら、手鏡型の通信具をつかんだ。
「お父様、店ごと潰して。予定どおり月絹を奪えばいいわ。王女の式を遅らせれば、私が社交界の主役――」
言い終える前に、手鏡から低い声が返った。
『よく聞こえた』
父ではなかった。婚約者の王弟だった。
令嬢が自慢のために婚礼打合せを公開通信へ設定していたので、王弟と王室衣裳監も最初から接続されていたのだ。
オルフェナは鏡を伏せる。
「違うの、あなた。これは仕立屋を試しただけ」
付き添いの貴族たちは、さっきまでの笑いを忘れたように壁際へ下がった。誰も令嬢のために「試験だった」と証言しない。
ソレッタは切断された布を畳み、署名済み確認票をその上へ置いた。
手鏡の向こうで王弟が封書を開いた。
『オルフェナ公爵令嬢に婚約解消、および王室資材窃取未遂による拘束命令を通告する』