花束より先に

花屋の冷蔵庫の隣から、曽根崎いぶきの弁当が消えた。

黄色い保冷袋には、妹の初出勤祝いに作った三色そぼろが入っていた。昼に店を抜けて届けるつもりだったが、葬儀用の注文が重なり、とても動けそうにない。いぶきは自分で食べてしまおうと決めた矢先、袋ごとなくなっていることに気づいた。

妹は転職を三度迷い、そのたび「平気」とだけ送ってきた。いぶきも励まし方が分からず、子どもの頃から変わらない弁当なら渡せると思った。けれど今朝になると、重たがられる気がして、保冷袋を店へ持ってきてしまった。

午前中、バックヤードへ入ったのは配送担当の鷺沢、アルバイトの穂積、常連客の梅原。穂積は花鋏を取り、梅原は落とした手袋を探した。鷺沢は配達表を確認していたが、もう店にはいない。

作業台には、宛名のない小さな配送伝票。床にはローズマリーの葉が一枚。いつも自転車の荷台に付いている黄色い固定ベルトも消えていた。

いぶきは配達管理アプリを開いた。最後の届け先は、妹が今日から働く会社の二軒隣。備考欄に「小型保冷一個、同送」とある。

鷺沢へ電話すると、風の音が返ってきた。

「勝手に持っていきました」

「どうして」

「届けたかった顔をしてたからです。あのまま自分で食べたら、午後ずっと機嫌が悪いでしょう」

妹は緊張すると食べられなくなる。今朝も「昼は要らない」と強がっていた。いぶきは弁当を渡せば過保護だと笑われる気がして、店に置いたままにしたのだ。

「差出人は?」

「花屋一同。姉からって書くと、受け取らないかもしれないから」

通話の向こうで、自転車のベルが鳴った。

「花は気持ちを代わりに届けるんでしょう」と鷺沢は言った。「今日は、花より弁当のほうが向いていただけです」

十分後、妹から写真が届いた。黄色い保冷袋と、半分になったそぼろ弁当。メッセージは短い。

〈卵、昔と同じ味だった。ありがとう、一同さん〉

いぶきは笑ってしまった。冷蔵庫の隅には、弁当に入りきらなかったミニトマトが一つ残っている。洗って口に入れると、ぱちんと皮が弾けた。

午後の配達から戻った鷺沢に、最初に何を言うか決める。

「一同さん、次は先に相談してください」