葬儀屋は終わりを売る
鷹司美弦の葬儀場では、百四十六年間、葬式がなかった。
不老不死が普及してから、病死も事故死もほぼ消えた。火葬炉は文化財に指定され、祭壇は選挙演説や同窓会に貸し出された。美弦は家業を守るため、毎朝誰も入っていない棺の埃を拭いた。
ある日、百八十九歳の女性が訪ねてきた。
「私の葬式をしてください」
「亡くなる予定が?」
「ありません。だから困ってるんです」
女性は市役所で百六十年、同じ窓口を担当していた。辞表は受理されたが、翌日から何者になればよいか分からないという。
「死なない人間には、終わったことを認める儀式がないでしょう」
美弦は半信半疑で祭壇を組んだ。遺影には制服姿の女性を使い、参列者は同僚たち。棺には職員証、擦り切れた室内履き、百年前の苦情メモを納めた。
弔辞で上司が「いつでも復職を」と言うと、女性は棺の中から身を起こした。
「それを言わないための葬式です」
参列者は笑い、次に泣いた。女性自身も泣いた。最後に美弦が棺の蓋を閉め、十秒後に開けると、女性は私服で起き上がった。
「生き返った気分は?」
「生き直す気分です」
最初は悪趣味だと叩かれた。死を知らない若者が遊び半分で予約し、棺から動画配信することもあった。美弦は依頼者と三度面談し、本当に何を終えるのか言葉にできない式は断った。区切りは見世物ではなく、二度と同じ場所へ戻らない覚悟だと知ったからだ。
その葬式が話題になると、依頼が殺到した。離婚した自分、兵士だった自分、百年続けた店、叶わなかった夢。人々は死者ではなく、終わらせられない過去を棺へ入れた。
美弦はサービス名を〈区切り葬〉とした。行政から「死を模倣して社会不安を招く」と警告されたが、予約は三年待ちになった。
ある晩、美弦は自分のために小さな式をした。棺へ入れたのは、客の来ない葬儀場を守り続けた百四十六年分の日誌だった。
翌朝、彼女は看板から「葬儀」を外さなかった。
死がなくても、人は何度も終わる。美弦の仕事は、そのたびに次の朝へ送り出すことになった。