薔薇園に雨は降らない
黒薔薇夜会のために咲かせた三百本が、鐘の音と同時に枯れた。
花弁が灰となって舞う中、伯爵令息フェルゼンは婚約者を指した。
「ヤスミラ・メイロウ。君がルルシェの育てた薔薇へ呪いをかけたのだな」
隣のルルシェは、枯れた一輪を抱いて涙をこぼす。
「わたくしの花が賞を取れば、ヤスミラ様の面目が潰れるから……」
「よって今ここで婚約を破棄する。嫉妬深い魔女を妻にはできない」
ヤスミラは灰を肩から払った。八年育てた庭園を失った顔ではなく、計算を一つ終えた庭師の顔だった。
「告発は、わたくしが薔薇へ枯死の呪いをかけた、という一点ですね」
「まだ白を切るか」
「では、庭晶を開いてください」
王立魔導院長バルモアが、中央花壇へ歩み出た。彼だけがヤスミラの研究を評価し、今夜の開花術の監督を引き受けていた。
土中から掘り出したのは、拳ほどの緑の結晶だった。
庭晶は、庭園で使われた魔法を一晩につき一つの色で記録する。バルモアが杖先を触れると、結晶の内部に細い紫光が走った。
「今夜、薔薇へ使われた魔法は一件。術式は《瞬時枯死》」
紫光の末端に、術者紋が浮かぶ。
百合をかたどった、ルルシェ家の紋章だった。
泣き声が止まった。
「違います、これはヤスミラ様が紋章まで真似て」
「庭晶は術者の魔力そのものを記す」とバルモアが言う。「紋章の形だけは偽れぬ」
フェルゼンがルルシェの手を振りほどく。
「なぜこんなことを」
「あなたが、花を枯らせば彼女を追い出せると……!」
「黙れ!」
ヤスミラは二人の責任の押しつけ合いを聞かなかった。灰になった薔薇は戻らない。だが種子庫には、彼女が改良した百二十種が眠っている。
「ヤスミラ、私は騙されていた。婚約破棄は取り消す。君にはこの庭を再建する義務もあるだろう」
「義務ではなく、権利でした。たった今、手放しました」
バルモアが灰の向こうから手を差し出す。
「魔導院の空中庭園は、雨が降らぬ。あなたなら、何を咲かせる?」
ヤスミラは枯れた夜会と元婚約者に背を向け、その手を取った。