蝋燭一本の迷宮
藍生タクトは魔法灯を蹴り消し、一本の蝋燭へ火を移した。
《影路》
影がつながっている間だけ、存在する通路。
光量が高いほど影は短くなります。
《煤けた蝋燭》
光量:1
照明装備中、最低値。
背後から骨狼の爪音が迫る。さっきまでの光量百の聖灯では、足元に小さな影しかできず、行き止まりだった。
蝋燭を低く掲げる。柱の影が長く伸び、奈落の向こうの壁へ届いた。黒い帯が石の橋へ変わる。
「暗すぎて敵が見えない!」
仲間の悲鳴。タクトは炎ではなく、揺れる影を見る。骨狼が近づくと影が歪み、姿を見なくても位置が分かる。弱い灯りは世界を照らさない代わりに、隠れていた道の輪郭を教えた。
一行は影の橋を渡る。最後尾の僧侶が恐怖に負け、聖光を放った。影が縮み、橋が途中から消える。
タクトは蝋燭を自分の胸元へ伏せた。身体の影が最大まで伸び、落ちかけた僧侶の足元へ届く。人一人ぶんの細い道。僧侶は這って戻った。
迷宮最深部には宝箱もボスもなく、壁一面に人影が焼きついていた。中央の説明板だけが読める。
《過照明による住民データ消失を防ぐため、影領域へ退避中》
強い光は、闇を払っていたのではない。影に避難した住民を消していたのだ。
タクトが蝋燭を床へ置くと、壁の影が一人ずつ立体になり、眠っていたNPCたちが目を開ける。骨狼も橋の向こうで伏せ、彼らを守る番犬へ戻った。
《迷宮照明率:1%》
《影路の全区画を接続》
目を覚ました老女NPCは、タクトの蝋燭へ両手をかざした。
「昔、ここは夜の町でした。勇者たちが昼にしようと、太陽の魔法を持ち込むまでは」
強い光を善と決めたのは訪問者だった。住民たちは暗闇を恐れていない。影の中で名前を呼び合い、暮らしを続けていた。
タクトは出口まで蝋燭を消さなかった。照らすためではなく、影を奪わないために。
朝が必要な者には出口で火を渡し、夜を選ぶ者には蝋燭を伏せて別れた。どちらも同じ救出だった。
《攻略対象を訂正します――闇を消すことではなく、強すぎる光から影の住民を救うこと》