血の一滴が縫い合わせた谷

《救命ペンダントの自動配信か。本人は気づいてない?》

《宮守叶芽は診療所の縫合係だろ》

《裂晶谷の崩落を針一本で止めるなんて無理》

 手の甲を切った血が救命ペンダントへ触れ、緊急ライブが始まった。

 宮守叶芽は画面を見ていない。彼女の前では谷底が真二つに割れ、採掘班十二人を乗せた岩棚が、赤い結晶の海へ沈みかけていた。

 岩棚の端では、一人が仲間の手首を掴み、もう一人がその腰帯を掴んでいた。鎖のようにつながった十二人は、誰か一人が離せば全員が助かる角度に傾いている。それでも、誰も指をほどかなかった。叶芽はその姿を見て、谷の亀裂を傷口として見定めた。

 谷の主《断層蟲》は地中を這い、傷口を広げるように岩盤を食い裂いている。治癒魔法は人にしか効かず、工事魔法は振動で崩落を早める。

 叶芽は救急箱から湾曲針と一本の白糸を抜いた。

《対岸まで四百メートル》

《糸の長さ、二十センチ》

《岩棚落下まで九秒》

「裂けたものなら、同じでしょう」

 彼女は空中へ針を一度、通した。

 白糸が谷の両端へ伸びた。

 岩盤の亀裂が人体の傷のように寄り、左右から噛み合っていく。落ちかけた岩棚は押し上げられ、十二人ごと元の高さへ戻った。地中の断層蟲まで裂け目に挟まれ、最後の縫い目が締まると、赤い核だけを残して動かなくなる。

《谷を縫った》

《地質院の計測、断層ずれ四百八十メートルがゼロへ》

《技能《縫合》の対象欄に生物指定がない!》

《十二名全員救出。余震も止まったぞ》

 叶芽は糸を切ろうとして、自分の手の甲の傷が開いたままだと気づいた。

「先に、こちらでしたね」

《自分より谷を優先したのか》

《診療所の縫合係じゃない。世界の裂け目を閉じる人》

《断層蟲まで手術終了》

岩棚から戻った採掘班が、叶芽の開いた傷へ駆け寄った。彼女は十二人の人数を数え終えるまで救急箱を渡さない。

《衛星測量でも谷幅の復元を確認》

《縫合糸は市販品、残存魔力なし》

《治癒対象を人間に限定していた教本のほうが間違いだった》

 最後の一人がうなずいてから、叶芽はようやく自分の手へ針を向けた。

 管理局と地質院の連名通知が配信へ重なった。

【新規技能分類:地形治療/第一号認定者・宮守叶芽】

 その一文が表示された瞬間、疑っていたコメントは拍手の記号で埋まった。