見えない壁の一目盛り

「線を引くだけの能力か。測量士なら定規を使う。無能だ」

王国剣士団の鑑定官は、サナトの受験番号に黒い斜線を引いた。

《スキル:目盛り――触れた連続物へ、等間隔の印を浮かべる》

印は傷にもならず、光って見えるだけ。サナトは剣を返され、試合場の結界を拭く係に回された。

結界は透明でも、布を当てれば押し返す場所と沈む場所がある。サナトは掃除のたびに目盛りを浮かべ、風を受けた膜がどこで伸びるか眺めていた。鑑定官には遊ぶなと叱られたが、均等な線が乱れるところには、必ず力の偏りがあることだけは確かだった。線そのものに力はなくても、乱れた線は力の居場所を嘘なく告げる。

午後、隣国の剣聖イゼルダが親善試合へ現れた。

だが開幕の鐘と同時に、観客席と闘技場の間へ透明な半球が降りる。招待客に紛れた呪術師が仕掛けた圧殺結界だった。半球は少しずつ縮み、中の王族と剣士を押し潰していく。

剣聖が白刃を振るう。斬撃は見えない壁を滑り、天井へ逸れた。

結界には核があるはずだが、完全な透明では歪みも継ぎ目も読めない。

「あと百息で全員潰れる!」

鑑定官が床を叩く横で、サナトはいつもの布を置いた。

毎日拭いていたから、結界の手触りだけは知っている。指を伸ばし、迫ってきた冷たい面へ触れた。

《目盛り》

透明な半球に、指一本ごとの青い線が走った。

等間隔のはずの目盛りが、王座の斜め上だけ狭く密集している。そこへ力が吸い込まれ、面が歪んでいるのだ。

「剣聖、十七本目と十八本目の間です!」

イゼルダは問い返さなかった。

一歩で距離を詰め、二本の線の隙間へ剣先を置く。目盛りがなければ針ほどにしか見えない一点。そこへ全身の力を通した。

半球が鐘のように鳴り、青い線ごと砕け散った。

風が観客席へ戻る。

イゼルダは剣を鞘へ収めると、失格印の付いたサナトの鑑定票を奪い、黒線の上へ自分の署名を刻んだ。

「私の剣は見える物しか斬れない。今日、見えない物を斬ったのはお前だ。以後、サナトを剣聖付きの“眼”として扱え」