見えない流星群
三年生最後の観測会は、朝まで曇りだった。
屋上には望遠鏡が三台、毛布が五枚、紙コップのココアが十二杯分。流星群の極大は午前二時。天文部は一か月前から準備していたのに、空は夕方から一度も開かなかった。
「雲量十」
拓海が記録用紙へ書く。
「さっきも十」
「雲の種類が変わった」
「見えないことに変わりない」
星乃は望遠鏡の蓋を閉じたまま、接眼レンズを覗くふりをした。
後輩たちは一時を過ぎると、毛布の中で眠り始めた。顧問も階段室の壁にもたれている。起きているのは三年の二人だけだった。
「最後なのにね」
星乃が言った。
「流星群は来年もある」
「私たちは来年いない」
「空には関係ない」
「そういうところ、嫌い」
拓海は返事をせず、濡れないよう星図をビニールへ戻した。
一年の最初の観測会も曇りだった。二年の合宿は台風で中止。文化祭のプラネタリウムでは投影機が止まった。思い出してみれば、二人で見たかった天体ほど見えていない。
それでも部室の観測記録は分厚かった。木星の縞、月食の時刻、人工衛星の軌道。見えなかった夜にも、雲量と気温と、誰がココアをこぼしたかまで書かれている。
午前三時、星乃が屋上の中央へ寝転んだ。
「何してる」
「見る」
「雲を?」
「雲の向こう」
拓海も隣へ寝た。コンクリートの冷たさが制服越しに伝わる。
星乃が指を上げた。
「あそこ、夏の大三角」
「今は冬」
「知ってる。思い出してるの」
「位置も違う」
「細かいなあ。じゃあ拓海がやって」
拓海はしばらく黙り、別の場所を指した。
「あそこに、初めて見た土星」
「輪っか、小さかったね」
「先輩がピントを合わせてくれなかった」
「でも輪に見えた」
「見たかったから」
二人は雲へ向かって、見えない星を置いていった。
文化祭の火星。校庭で見失った人工衛星。試験前に一分だけ見た月。星乃が進路を決めた夜の木星。拓海が何も言わず隣にいた夜の北極星。
午前四時十二分、雲の切れ目が一本だけできた。
白い光が走った。
「流れた!」
星乃が起き上がる。
拓海には、それが雲間を横切った飛行機の灯だとわかった。点滅していたし、速さも違った。
けれど記録用紙には、こう書いた。
――四時十二分、流星一。観測者二名。
「嘘の記録じゃない?」と星乃が笑う。
「二人とも見た」
「飛行機を?」
「見たかったものを」
空はすぐ閉じた。
最後の観測会で、本物の流星は一つも見えなかった。
それでも二人が覚えているのは、星のない空ではなく、雲の向こうへ星座を作った互いの指だった。