見つけた作家

依子は、匿名作家の投稿を印刷するたび、私の赤い丸を黒く塗りつぶした。

背景の駅名、窓に映った会社のロゴ、レシートの日付。せっかく見つけた手掛かりなのに、「作品に関係ないから」と言う。彼女は最後まで作家を本名で呼ばず、アカウント名の「青磁」さんで通した。

出版社の編集者に必要なのは、待つ力ではなく探す力だ。私は話題の短文を投稿していた青磁さんの正体を、三日で突き止めた。写真に写った沿線を歩き、勤務先へ電話し、同僚らしい女性の公開プロフィールから休日まで割り出した。

本人は最初、会いたくないと言った。だから私は匿名の応援アカウントを作り、毎晩感想を送った。警戒が解けたころ、「あなたの文章は本になる」と編集者として名乗った。驚いて返信が途絶えたのは、才能を認められて怖くなったからだと思った。

応援アカウントには、青磁さんが投稿を消す前の画像も保存していた。「あなたを一番理解している」と送ると、一度だけ、怖いです、と返事が来た。照れ隠しだと思った。

企画会議の日、依子が一冊分の構成案を提出した。

「青磁さんの担当は、私が引き受けます」

私が見つけた作家なのに。依子は一度、メールを転送しただけだ。

「接点を作ったのは私です」

「勤務先に連絡したことも?」

「熱意を伝えるためよ」

「匿名アカウントで家の最寄りを尋ねたことも、ですか」

編集長の前で、依子は青磁さんから届いた条件書を開いた。私が担当から外れること。調査した個人情報を破棄すること。二度と別名で接触しないこと。それが出版の条件だった。

私は笑った。売れれば、きっと感謝する。才能のある人は繊細だから、世に出す側が少しくらい強引でなければ何も始まらない。

依子は企画を横取りしたのではない。青磁さんが私から逃げるための窓口になり、自分の名前で社内調査まで申請していた。

数日後、私が送った見本冊子だけが返ってきた。封筒には短い付箋があった。

――あなたには、見つけられたくありませんでした。

返送先の宛名は私の本名ではなく、あの応援アカウントの名前だった。