許しを求めない自白

午前十時五十五分、牧之瀬航は棺の脇で白い菊を握っていた。

友人の母が、最後の釘を打つ木槌を持つ。航の懐では、事故現場から持ち帰った懐中時計が逆向きに動いていた。

「事故の日、運転していたのは俺です」

母親の手が止まる。

「今、何と言ったの」

十一時。棺の蓋が閉じた瞬間、木槌の音が遠のき、航は再び十時五十五分へ戻った。

懐中時計の裏には〈赦しを得るまで五分を反復する〉と刻まれていた。航の目的は、母親から「許します」と言ってもらうこと。それさえ聞けば、友人が運転していたという嘘からも、夜ごとの夢からも解放されるはずだった。事故後、航は助手席にいたと証言し、友人の遺体へ飲酒運転の汚名を着せた。就職も婚約も、その嘘の上で失わずに済んだ。棺の中の友人は、航の代わりに最後まで沈黙し続けた。菊の香りが強いほど、航には車内の酒臭さが戻ってきた。

二周目、航は酒を飲んでいたことまで話した。三周目は示談金を差し出した。

「事故の日、運転していたのは俺です」

「お金で、息子の席を空けたままにするの?」

五周目、膝をついた。八周目、泣けるだけ泣いた。十一周目には、母親の返事を先回りして遮り、許すと言いやすい言葉だけを並べた。

その周回で、母親は懐中時計を見た。

「あなた、何度ここへ来たの」

航の喉が固まった。

「許しまで、私から盗むつもり?」

木槌が鳴り、また十時五十五分。

十三周目。航は菊を棺へ置かなかった。

「事故の日、運転していたのは俺です」

母親が顔を上げる。

「でも、許してくださいとは言いません」

航は懐中時計を床へ置き、葬儀場を出た。五分後に棺は閉じる。彼は振り返らず、道路向かいの警察署へ入った。

取調室で調書の録音が始まる。航は同じ告白を三度目の声で繰り返し、署名した。刑事が時計を見る。十一時七分。

懐中時計は戻らなかった。

手錠がかかる直前、葬儀場の鐘が聞こえた。許しの言葉は届かなかった。航はその空白ごと、自分の時間として受け取った。