豆を十七分で征服する鍋

 北方砦では、兵士より豆のほうが強かった。

 吹雪で街道が閉ざされ、倉庫に残ったのは乾燥豆と塩だけ。三百人の兵が空腹で交代勤務に立ち、昨夜は硬い豆を飲み込んだ兵が歯を折った。薪を使い切れば暖房も止まる。遼の鍋は、食事だけでなく砦の夜を守れるかどうかの試験だった。

 乾燥豆は夜通し煮ても芯が残り、薪は三日分しかない。補給隊長は、豆袋を捨てて馬を食料にする命令書へ署名しかけていた。

 砥上遼は、転移前には町工場で圧力容器を扱っていた。彼が求めたのは厚い鉄鍋、噛み合う蓋、鍛冶屋の留め金だけだった。蓋が外れないことを何度も確かめ、蒸気穴だけは絶対に塞ぐなと鍛冶屋へ指示する。派手な魔法はない。安全に圧力を逃がす細い穴こそが、この鍋を兵器ではなく調理器具にする。

「爆弾でも作るのか」

 炊事長ヴァルガが笑う。遼は蓋の中央に細い蒸気穴を残し、重りを載せた。水と豆を入れ、蓋を締める。

 使った知識は一つ。密閉に近い鍋では蒸気の圧力が上がり、水は普通より高い温度になって食材を早く煮る。

 火にかけると、重りが小刻みに揺れ、しゅっ、しゅっと白い息を吐いた。兵士たちは盾の陰へ隠れたが、遼は砂時計だけを見ていた。

 十七分後、火を落とす。蒸気が止まるまで待ち、留め金を外した。急いで開けようとした炊事長の手を、遼は一度だけ止める。白い息が完全に消えてから蓋をずらすと、爆発どころか、豆と湯気の匂いが静かに広がった。

 兵士の一人が、自分の短剣の柄で豆を押す。昨夜は刃でも割れなかった粒が、音もなく平らになった。

 湯気の中で、豆は皮を保ったまま指で潰れた。塩を一つまみ。炊事長が匙ですくい、噛む前に顔を変える。

「芯がない」

 従来の大鍋は三時間たっても硬い。遼の鍋は使った薪が七分の一だった。

 補給隊長は豆を食べ、次に馬小屋を見た。命令書を二つに破る。

「この鍋を何個作れる」

「鍛冶場が空けば、明朝までに三つ」

 遼が答えると、隊長は砦全体の薪配給表を書き換えた。

 最上段にあった『軍馬解体』の命令が消え、代わりに朱書きが入る。

『砥上式加圧鍋、北方全砦へ正式採用』