赤い傍線の告白
冴は新しく開店した喫茶店のカウンターで、赤い表紙の詩集を差し出した。
「十年延滞しました」
千紘は受け取らず、表紙を見て笑った。
「まだ持ってたんだ」
高校二年の冬、二人は保健室の窓際でよく昼休みを過ごした。冴は教室の恋愛話が苦手で、千紘は女子同士の群れに入ると息が詰まると言った。養護教諭が席を外すと、二人は同じベッドへ腰掛け、詩集を交互に読んだ。
ある日、千紘は一本の詩に赤い線を引いて本を貸した。そこには、誰にも言えない気持ちを、灯りの消えた部屋で守るという意味の言葉が並んでいた。冴は、それが自分への告白だと思った。
翌日の放課後、靴箱の前で千紘を待った。けれど彼女は同じクラスの男子と並んで現れた。
「付き合うことになった」と紹介され、冴は詩集を鞄の底へ押し込んだ。
「その本、まだ読んでる?」
「なくした」
嘘をつくと、千紘の顔から笑みが消えた。卒業まで二人は挨拶しかしなかった。
二十七歳になった冴は、店の開店案内で千紘の名前を見つけた。写真には、女性の共同経営者と肩を寄せる彼女がいた。共同経営者が恋人なのかは分からず、冴はもう、誰かの関係を自分の怖さだけで決めつけたくなかった。過去の答え合わせをしたい自分と、今さら困らせたくない自分を連れて、冴は店を訪れた。
詩集を開くと、赤い傍線の終わりに小さな点が二つ打たれていた。保健室で二人が使っていた窓際の椅子を、千紘が冗談で「二人席」と呼んだ印だった。
「私、あれを告白だと思った」
冴が言うと、千紘は長く黙った。
「半分は、そうだった。怖くなって、違う方へ逃げた」
それ以上、二人は昔を美しくしなかった。冴も、傷ついたからといって嘘で傷つけたことを謝った。
千紘は本を受け取り、赤い線の頁に新しい店の栞を挟んだ。
「返却完了。コーヒーは延滞料金でおごる」
冴は笑い、湯気の向こうにいる千紘を見た。過去の告白に今の返事は要らない。言えなかったことを言えた自分で、店の扉から外へ出られれば、それでよかった。