赤い車輪の子ども町

旅芸人の一座が解散し、五人の子どもだけが赤い幌馬車に残された。町は一晩の宿なら貸したが、定住は拒んだ。

「旅の子は、また消える」

そう言われたベッカは、馬車の車輪を外さなかった。いつ追い出されても走れるように。

町長ナディールは、広場の端にある使われない荷車置場を示した。

「ここに馬車を並べ、小さな住居区にする」

住民は騒音と費用を心配した。そこで彼は、露店の場所代を一律に上げるのではなく、広場を使った日だけ、売上十銀貨を超えた店から超過分の百分の一を集める規則を出した。雨天休業ならゼロ。帳簿は露店主二人と子ども代表一人が共同で確認する。金の使い道は給水管、便所、屋根付き通路に限定した。

「町長の祭礼店は?」

「今年の売上が二十銀貨なら、超過十銀貨の一分を払う」

計算を隠さない制度に、香辛料商が最初の硬貨を置いた。

「客が増えるなら安い投資だ」

鍛冶屋は車輪止めを作り、染物屋は幌を張り替えた。旅芸人だった子どもたちは、代わりに広場の掃除と週一度の無料公演を提案したが、ナディールは言った。

「掃除も公演も、家賃ではない。やりたい日にやればいい。ここに住む権利と、芸を見せる義務を交換しない」

ベッカはしばらく黙り、それから初めて車輪の留め金を外した。逃げる準備をやめる音が、乾いた広場に響いた。

住民票を作る段になると、書記は「定住所なし」と記そうとした。ベッカは赤い車輪町の名を指し、ナディールも判を押した。これで子どもたちは学校へ通え、仕事の契約も結べる。幌馬車は動かせても、住所まで仮である必要はなかった。馬も共同厩へ登録され、売却は子ども会の同意なしにはできない。

一月後、赤い幌馬車は五台に増えた。大工の余り板で小部屋が付き、共同の炊事場には誰がいくら使ったか分かる薪札が掛かった。

広場の入口に、子どもたちは看板を立てた。

――赤い車輪町。出発日は住人が自分で決める。

その下で、外された車輪に花が植えられていた。