赤ちゃんの写真を閉じるまで
佳澄はスーパーの総菜売り場で買った春巻きを、袋のまま電子レンジの上に置いた。温めれば皮が少し戻ると分かっていたが、靴下を脱いだところで力が尽きた。
ソファに座り、SNSを開く。高校時代の同級生が、生まれたばかりの赤ちゃんを抱いていた。小さな手、柔らかそうな頬、夫婦で寄せた笑顔。〈寝不足だけど幸せ〉という一文に、たくさんの祝福が並んでいる。
佳澄も「おめでとう」と送った。送ったあと、画面に映る自分の顔が暗かったので、明るさを下げた。
子どもが欲しいかと聞かれると、まだ分からない。結婚したいかも、相手がいない今はうまく想像できない。分からないことを分からないままにしておきたいのに、同年代の誰かが次の場所へ進むたび、立ち止まっているような気分になる。
春巻きの袋には、消費期限が今日の日付で印字されていた。時間は食品にも、人にも、同じように書かれている気がした。
タイムラインを下へ送る。別の友人の七五三、育児グッズ、家族で行った動物園。佳澄の今日の写真は、会社の机で撮った付箋の山だけだった。投稿するつもりはなく、仕事の記録として残したものだ。
通知欄に、母からのメッセージがあった。〈従姉妹も二人目だって。佳澄は元気?〉。悪気のない順番が、胸に小さく刺さる。
佳澄は返信欄に「元気だよ」とだけ打った。結婚も子どもも書かなかった。母の不安を今夜ぜんぶ解消する義務まではない。
春巻きを一つかじる。冷えた油が舌に重かった。やはり温めようと思い、残りを皿に移した。レンジの中で皿が回る。その光を見ている間だけ、画面を伏せた。
温まった春巻きは、皮の端が少しだけぱりっとした。佳澄はもう一度赤ちゃんの写真を開き、今度は顔をよく見た。友人の目の下には薄い影があった。幸せと寝不足は、本当に一枚の写真に同居していた。
佳澄の生活にも、自由と寂しさが同居している。どちらか一方だけを正解にしなくていい。
今日は誰かの未来を見て、自分の期限を決めない。それだけ決めて、佳澄は春巻きを二本とも食べた。