赤盤の二番
鳴海由良は、赤いレコードを光へ透かした。
「青い回転扉」の壁に飾られていた七インチ盤で、男女二人のデュエット曲らしい。ジャケットには男の歌手だけが写り、女の名は裏面に小さく載っている。
由良には、その配置がよく分かった。
付き合っているとは言われないまま、彼のライブには毎回呼ばれる。終電を逃した夜だけ鍵を渡され、翌朝には返す。彼が作った曲の仮歌も、名前を出さない条件で歌った。好きだから二番手でいい、と自分に言い聞かせてきた。彼の部屋で朝を迎えても、歯ブラシは置かなかった。置かないことを「気楽」と呼べば、選ばれていない事実を見ずに済んだ。
店主が赤盤をターンテーブルへ置いた。A面では男が主旋律を歌い、女は薄いハーモニーを重ねる。予想どおりだった。
ところが店主は、曲が終わるとジャケットを確認し、盤を裏返した。
B面は同じ曲の別録音だった。女の声から始まり、男は二番になってようやく入る。最後のサビでは、どちらも相手の後ろへ下がらず、二本の旋律が並んで終わった。
「こちらも同じ曲なんですね」
「原盤番号は別です」
店主は事実だけ言い、二つの番号を検盤票へ書いた。片方を「おまけ」とは扱わない。会計でも、A面曲とB面曲を二行に分けて入力した。
由良のスマートフォンに、彼から通知が来る。
《今夜、来られる?》
続けて、
《鍵、いつもの場所に置いとく》
返事を書く前に、店主がジャケットへ赤盤を戻した。表裏の区別が分かるよう、内袋の窓を中央に合わせる。赤い円が、どちら側からも同じ大きさに見えた。
由良は鍵の写真を撮り、短い文を添えた。
《明日、郵便受けに返します。仮歌のデータには私の名前を入れてください。できないなら使わないで》
送信後、胸は軽くならなかった。彼を好きな気持ちも消えない。返事が来て、関係が終わるかもしれない。名前を載せると約束されても、もう戻れないかもしれない。
それでも店を出るとき、由良は赤盤を胸の前ではなく、身体の横に提げた。誰かの後ろへ隠す必要のない位置だった。