返ってきた偽物の鞄

海棠野澄琉は、同窓会の翌朝、玄関に置かれた紙袋を開いた。

中には、友人の川瀬森真帆莉へ貸したはずの高級バッグが入っていた。だが革の匂いも、金具の重さも違う。内側の縫い目には、澄琉が修理の際に付けてもらった小さな青糸がなかった。

真帆莉へ連絡すると、すぐ返事が来た。

「同じ物でしょ? 細かいこと言わないでよ。友達なんだから、気に入ったなら私にくれてもよかったのに」

澄琉はバッグを貸すこと自体、最後まで断っていた。真帆莉は同窓会当日、澄琉の家で着替えた際、クローゼットから勝手に持ち出したのだ。

返された品は精巧な偽物だった。

真帆莉のSNSには、本物のバッグを持って会場へ向かう写真が上がっていた。その後の投稿では〈友達からもらったけど、私には地味だから譲ります〉と販売リンクまで付いている。

澄琉は正規店へ鑑定を依頼した。

本物には非接触式の個体識別タグが縫い込まれ、所有者登録も澄琉名義。転売先の買い取り店で読み取られた時刻と店舗が、ブランド側の管理記録へ残っていた。買い取り価格は百二十万円。真帆莉はその金で同窓会後の旅行代を払っていた。

「偽物を返した証拠はない」と真帆莉は言った。

澄琉の玄関カメラには、真帆莉が紙袋を置く姿と、帰り際に友人へ電話する声が記録されていた。

『コピー品を返せば、澄琉はブランドに疎いから分からない』

買い取り店も、盗品の疑いがあるとして本物を売却保留にし、警察へ相談した。真帆莉は慌てて、借りただけだと説明を変えた。

「返すつもりだった。本物が戻れば、問題ないでしょ」

しかし、無断持ち出しと偽物へのすり替えで、バッグには調査歴が付き、澄琉は仕事で予定していた撮影へ使えなくなった。鑑定費、弁護士費用、撮影代替品、精神的損害を含む請求が出された。

真帆莉の夫も、バッグは妻が自分で買ったと聞かされていた。旅行代が売却金だと知り、共同口座からの弁済を拒否した。

真帆莉は澄琉へ泣きついた。

「バッグ一つで友達を犯罪者にするの?」

「友達の物を売ったのは、私ではないよ」

本物は証拠確認後に澄琉へ返還され、真帆莉は売却代金、損害、偽物の鑑定費を合わせて賠償する合意書へ署名した。

個体識別タグの所有者欄が再び〈海棠野澄琉〉と確認された瞬間、友達だからもらっていいと思った女には、本物より高くつく偽物だけが残った。