返却期限、三月一日
図書室の貸出カードには、三年間、二人の名前だけが並んでいた。
澄玲が最初に気づいたのは、一年の秋だった。古い短編集を借りると、紙のカードの一つ上に「駿平」と書かれていた。次に借りた詩集にも、その次の旅行記にも同じ名前があった。
駿平は同じクラスの、窓側の一番後ろにいる男子だった。話したことはほとんどない。けれど澄玲が返した本を、数日後には彼が借りた。彼が返した本を、今度は澄玲が選んだ。
カードの上でだけ、二人は何度もすれ違った。
卒業式の日、澄玲は最後の一冊を返しに来た。校舎は写真を撮る声で騒がしかったが、図書室だけはいつもの匂いがした。
本は『遠い町の灯台』。返却期限は三月一日。十日も過ぎている。
「卒業生に延滞金はないよ」と司書が笑った。
澄玲はカードを抜いた。最後の欄には自分の名前。その一つ上に、やはり駿平がいる。
これで終わりだと思った。
本を閉じようとすると、カードの裏に鉛筆の文字が見えた。
――次の図書館でも、同じ本を探しませんか。
心臓が、ページをめくる音より大きく鳴った。
振り向くと、入口に駿平が立っていた。制服の胸には卒業生の花。片手に市立図書館の利用申込書を二枚持っている。
「勝手に書いてごめん」
「本に書くのは駄目」
「カードの裏」
「もっと駄目」
「じゃあ消す」
彼が近づくので、澄玲はカードを胸元へ隠した。
「消さなくていい」
「怒ってる?」
「返却期限を守らない人に言われたくない」
駿平は笑った。澄玲もつられて笑った。三年間、カードの上でしか並ばなかった名前が、初めて同じ机を挟んで向かい合った。
司書が、卒業式の日くらい静かにしなくていい、と窓を開けた。校庭から校歌の鼻歌が流れ込む。
澄玲は申込書を一枚受け取った。
「最初に借りる本は?」
「これ」
「今返したばかりだけど」
「今度は同じ日に借りたい」
本の奥付には、灯台の光は遠く離れた船にも届く、と書かれていた。
澄玲は貸出カードを元へ戻さず、栞のようにそっと本へ挟んだ。