逆向きの校歌
砂金が転校してきた日は、創立記念式典の前日だった。
六時間目、全校生徒が体育館へ集められ、校歌の練習が始まった。砂金は転校初日なので歌詞を知らない。担任が渡してくれた紙を見ながら、口だけ動かした。
一番の終わりで、隣の男子が小声で言った。
「そこ、逆」
「何が」
「紙」
砂金は校歌のプリントを上下逆さまに持っていた。
慌てて直す。前列の女子が振り返り、笑いをこらえて肩を震わせる。指揮台の音楽教師がこちらを見た。
「転校生、歌えてるか」
「はい」
反射的に答えた。
もう一度、前奏が始まる。
今度こそ歌詞を追おうとしたが、漢字には見慣れない町の名や川の名が並んでいた。『若き雲』も『永久の峰』も、どこを指しているのかわからない。音程も高く、二小節目で置いていかれた。
砂金はまた、口だけ動かした。
すると隣の男子も、声を出していないことに気づいた。
「君、歌ってないじゃん」
「三年いるけど二番知らない」
「さっき注意したのに」
「紙の向きならわかる」
後ろから別の声がした。
「俺は一番も怪しい」
「校歌って、サビどこ?」
「校長先生だけ完璧」
いつのまにか周りの全員が、歌詞カードを覗き込みながら小声で相談していた。
音楽教師の手が止まる。
「そこ、何を話してる」
「転校生に教えてます」
「まず自分たちが覚えろ」
体育館に笑いが広がった。
練習の最後、教師は砂金だけを前へ呼んだ。
「今日来たばかりなら、歌えなくて当然だ。聞いていればいい」
砂金は指揮台の横に立った。
三百人の声が正面から押し寄せる。上手ではない。高い音で裏返り、二番の途中で人数が減り、最後だけ大きくそろう。
砂金には、歌詞の町も川もまだ見えなかった。
けれど、隣で歌っていなかった連中まで一生懸命口を開く顔は、よく見えた。
翌日の式典、砂金は一番だけ歌った。二番はやはりわからず、紙を見た。
今度は正しい向きだった。
転校して最初に覚えた校歌は、町を讃える歌ではなかった。
知らない歌を、知らない者同士で知っているふりをしながら、最後だけ一緒に声を出す歌だった。