逆蹄の革袋

 雪原の柵城で、馬飼いのボルチュグは革の飼葉袋を逆さに振った。

 大麦が十三粒落ちた。

 馬は四十二頭いる。人間は雪を食えるが、馬は雪だけでは走れない。厩には、乾草を噛むふりをして空の柵を舐める音が続いていた。包囲するアルグン部はそれを知り、攻めずに待っていた。

「明日には、立ったまま死ぬ馬が出ます」

 ボルチュグが言うと、若い城主エルデネは狼皮の椅子から立った。

「援軍は三日先だ」

「三日はありません」

 革袋の縁は噛み跡だらけだった。飢えた馬が、中身ではなく袋そのものを食おうとした跡だ。

 夜半、敵の使者が来た。

「馬を渡せば、人は南へ逃がす」

 使者は厩を見たがった。ボルチュグは拒まず、最も痩せた馬から見せた。肋骨も、噛まれた革袋も隠さない。

「明日の朝には終わりだな」

「夕方までは持つ」

 使者は笑って帰った。

 エルデネは怒鳴った。

「なぜ見せた」

「敵は明朝、馬を奪いに来ます。殺すためでなく、生け捕るために」

「それがどうした」

「生け捕る軍は、槍を寝かせる」

 ボルチュグは十三粒を三頭の牝馬へ分けた。残りの馬には温めた塩水を飲ませた。そして蹄鉄をすべて外し、前後を逆に打ち直した。

 三頭だけを裏門から外へ出し、雪原を大きく回らせる。騎手には革袋を膨らませて背負わせた。遠目には、飼葉を運ぶ援軍の先触れに見える。蹄跡は城へ入ったように見えた。敵の斥候が数を誤るよう、同じ道を何度も踏ませた。

 だが本当の狙いは援軍を装うことではない。

 城へ向かう蹄跡を見た敵は、援馬が入ったと考える。同時に厩を見た使者は、城内の馬がまだ走れると知っている。それでも飢えは隠せない。夜明けに奪えば間に合うと考える。

 そして馬を傷つけぬため、弓を控える。

 空が白む頃、アルグン部の騎兵が槍を横に抱え、南柵へ寄せてきた。生け捕り用の縄まで見えた。

 ボルチュグは噛まれた革袋を腰へ巻く。穴から冷気が腹へ刺さった。馬に食われかけた袋が、今度は主人の命を支える鎧になった。

「走れるか」

 エルデネが訊いた。

「一度だけなら」

「戻れるか」

「それは馬に訊いてください」

 敵が百歩へ入った。弓はまだ上がらない。

 エルデネが狼尾の旗を掲げた。

 南柵の門が、雪を削って開いた。