連泊客の咳
六号室の老客と、七号室の若い客は、毎晩同じ時刻に咳をした。
山あいの小さな宿で、宿泊客の宝石が消えた。被害者は八号室の商人。廊下の突き当たりには六号室と七号室が並び、老客は杖をつき、若い客は登山服で足早に歩いた。女将は二人を別々に見ている。
ただ、夕食の膳は二部屋へ運ばれたのに、箸の濡れ方はどちらも左側だけだった。さらに、二人の咳は三回目の直前で必ず一拍止まる。女将は「壁が薄いから、片方につられたのでしょう」と言った。
盗難の夜、老客は六号室でラジオを聞き、若い客は七号室で浴室を使っていた。どちらにも音の証言がある。廊下の窓は内側から釘で留められ、階段には番頭がいた。宝石を盗めたのは、二人のうちどちらかが共犯でなければ不可能に見えた。
商人は夕食後、老客に囲碁へ誘われ、若い客には登山地図を貸したと話した。碁石の袋と地図の端から採れた指紋は、老客のものも若い客のものも不鮮明だった。ただし、どちらにも同じ薬草軟膏が付いていた。老客は関節痛、若い客は靴擦れに使ったという。
宿帳の住所を確かめると、六号室は取り壊された診療所、七号室は空き地だった。女将は顔を青くしたが、それでも「二人をこの目で見た」と譲らなかった。見た時刻にはいつも十五分以上の間があった。
私は天井を見上げた。二つの部屋の換気口には、同じ新しい埃の筋がある。押し入れの上板を外すと、六号室と七号室をつなぐ細い点検路が現れた。そこには杖、白髪の鬘、登山帽、そして録音機が二台置かれていた。
老客のラジオ音も、若い客の浴室音も録音だった。夕食の箸が片側だけ濡れていたのは、一人が二つの膳を交互につついたからだ。
私たちが玄関を固めると、若い客が階段を下りてきた。
「六号室のお客様は?」
「もう休まれました」
私はその咳を真似た。若い客の喉が反射的に三回目の前で止まった。
六号室の鍵を開けると、布団の膨らみは枕だった。宿帳に並んだ二人分の文字も、筆圧だけは同じだった。
連泊していたのは二人ではない。一人が、隣の部屋へ咳を移していただけだった。