遠回りしたのは誰
駅前のタクシー乗り場で、御陵前雅嗣は降車するなり運転手へ怒鳴った。
「三千円もするわけないだろ。遠回りして稼いだな。料金は払わない。逆に一万円よこせ」
運転手は、御陵前の指示で途中のコンビニと知人宅へ寄ったと説明した。御陵前はドアを蹴り、メーターを指で叩いた。
「年寄りの言い訳なんか誰が信じる。会社へ電話してクビにしてやる」
次のタクシーを待っていた、作業服姿の大男が近づいた。神在月清岳。太い首に金色の鎖、手の甲には古い傷があり、御陵前は身構えた。
「何だ。運転手仲間か」
「いいえ。交通事故を主に扱う弁護士です。昔は長距離トラックに乗っていました」
神在月はタクシーの運行端末を指した。
「この車にはGPSと車内録音があります。経路と、あなたの指示を確認すれば済む話です」
御陵前は録音など違法だと叫んだ。運転手は、車内に録音中の表示があり、乗車時にも自動音声で案内したと説明した。
会社の配車担当が遠隔で履歴を開く。
『次の角を右。コンビニ寄れ』
『友達を五分待つ。メーターは止めなくていい』
御陵前自身の声が流れた。走行経路は指示どおりで、最短ルートとの差額も停車時間分だけだった。
それでも御陵前は財布を隠し、「現金がない」と開き直った。ところが乗車前、駅のATMで札を数える姿がドライブレコーダーへ映っている。
神在月は低い声で言った。
「支払う意思がないまま乗ったのか、今ここで踏み倒そうとしているのか。どちらにせよ、会社が警察へ相談する材料になります。さらに車を蹴った修理費も別です」
御陵前は急に笑い、動画企画だったと言い出した。
「運転手さんも有名になれる。今回は無料で宣伝してやるよ」
運転手は首を振った。
「料金を払って、二度と私の車に乗らないでください」
警察官が到着し、御陵前はようやく三千円を差し出した。配車会社は全車両での利用拒否を登録し、ドアの損傷見積もりも渡した。
領収書に正規経路と支払済みの印が押された瞬間、遠回りしたと騒いだ男だけが、警察署を経由する最も長い帰り道へ案内された。