金曜日を煮直す

佐和は金曜の二十二時になると、鍋に火を入れた。別れて三週間たっても、その時間だけは変えられなかった。

遠距離だった二年間、金曜の夜は画面越しに同じカレーを食べた。佐和が先に玉ねぎを炒め、彼が遅れて帰宅し、二人で湯気の向こうに顔を並べた。最後の通話で別れを決めたあと、定期予定だけがカレンダーに残った。毎週金曜、二十二時、カレー。

今夜も煮込んだ鍋から、カレー粉とバターの香りが上がった。佐和はスマートフォンを向かい側に立てた。画面は黒い。通知もない。わかっているのに、二十二時十五分までは食べ始められなかった。彼はいつもそのくらい遅れたからだ。

言えない悩みは、待っていることではなかった。この習慣をやめたら、二年間まで消えてしまいそうなことだった。別れた相手を忘れたいわけではない。好きだった自分を、なかったことにしたくなかった。

二十二時十七分、佐和は一人分をよそった。器を引き寄せ、画面に向かっていただきますとは言わず、最初のひと口を食べた。少し濃い。彼なら牛乳を足しただろう。佐和はそのまま二口目を運んだ。

半分まで食べると、鍋にはまだたっぷり残っていた。以前なら、彼の食べる速度に合わせて箸を置き、画面の向こうでおかわりするのを待った。今夜も無意識にスプーンが止まった。

佐和は立ち上がり、誰も待たずに二杯目をよそった。湯気で眼鏡が曇る。二十二時二十三分。彼がまだ一杯目を食べていた時刻だ。

二杯目は、最初より少なめにした。過去を消すために多く食べる必要も、守るために同じ量を残す必要もない。自分の空腹だけで決めればいい。

最後に鍋へ残った一杯分を保存容器へ移し、佐和はカレンダーを開いた。繰り返し予定を削除する前に、タイトルを書き換える。

削除ではなく書き換えを選ぶと、二年間は奪われなかった。予定の余白だけが、これからの金曜日へ返ってきた。

彼の名前が入っていた後半だけを消し、題名を「金曜のカレー」にした。来週も作るかどうかは、来週の佐和が決める。