金色の祭壇と空の救済箱
大神殿の祭壇が金色に輝いた翌日、下流の村が洪水に沈んだ。
避難民が濡れた子どもを抱いて門へ押し寄せる。大司教マルグドは救済箱を開けるよう命じた。
箱には金貨が山ほどあった。だが会計僧が一枚を取り出した途端、青い火が指を焼いた。
「誓願封印です。孤児の食費として寄進された金は、他用途に使えません」
救済箱に残る金はすべて、用途が定められた寄進だった。洪水救援へ自由に使える銀貨はゼロ。前日、祭壇へ金箔を貼るため使い切っていた。
追放された経理僧フェルゴは、寄進の目的ごとに箱を分け、決して混ぜなかった。自由寄進の三割を災害準備へ残すたび、大司教は「神への信頼が足りぬ」と叱っていた。
穀物商は掛け売りを断った。前年の支払いが遅れたからだ。門前では、避難民の列だけが伸びる。金色の祭壇を見上げた少女が、母へ尋ねた。
大司教は祭壇の金箔を剥がして売れと命じたが、職人は乾燥に十日かかり、剥がせば半値にもならないと答えた。しかも施工代の残金が未払いで、金箔そのものはまだ職人組合の所有物だった。
神殿の鐘は救済開始を告げたのに、門から出たのは空の荷車だけだった。避難民は祈る場所ではなく、食べ物のある場所を探して列を離れ始めた。
「あれは食べられるの?」
同じ頃、丘の小さな施療院では、温かな粥が百杯配られていた。
救済用の箱には、粥百杯を配った後も三日分の穀物代が残っていた。フェルゴは残高を門前へ掲示し、避難民にも見えるようにした。寄進者たちは約束どおり使われると知り、さらに銀貨を箱へ入れた。フェルゴが新しい経理係となり、薬代と非常食費を別々に確保していたのだ。
院長は村人の前で彼へ礼をした。
「祈りを金へ変えるのではない。寄せられた金を、約束どおり人へ届ける。それがあなたの仕事なのですね」
夕暮れ、大司教の侍祭が金の法衣を泥で汚して駆けてきた。
「復職を許すとのお言葉です。箱の封印を解き、商人と話をつけてください」
フェルゴは救済用の銀貨を数え終え、施療院の箱へ鍵を掛けた。
「許しは不要です。破門状が読み上げられた時点で、大神殿との会計契約は終了しました」