金魚鉢の向こうのムニエル

 矢代壱成の父は、月に一度だけ魚を焼いた。

 市場で安い舌平目が出た日に、古い鉄のフライパンへバターを落とし、ムニエルを作る。無口な父の征史は、それ以外の料理をほとんどしなかった。

 壱成が絵の仕事を目指して家を出るとき、父は「魚くらい自分で焼け」と言った。それが応援ではなく、見放す言葉に聞こえた。結局、仲直りらしい会話をしないまま父はいなくなった。

 実家を片づける間、壱成は父の金魚を一匹だけ残した。赤い金魚のべには、台所の小さな鉢で、いつも同じ円を描いている。

 ある晩、壱成は父のフライパンを火にかけた。魚へ小麦粉を厚くつけすぎ、表面が粉っぽくなる。二枚目はバターを焦がした。

「簡単そうだったのに」

 金魚鉢の向こうで、べにが口をぱくぱくさせた。

 引き出しから出てきた市場の伝票には、父の字で短いメモがあった。

〈水気をよく拭く。粉は絵の具より薄く。壱成は皮を残す〉

 父は壱成の絵を褒めたことがない。それでも、小麦粉の量を絵の具にたとえていた。

 伝票の裏には、壱成が高校時代に描いた金魚の小さな落書きが切り抜かれ、貼ってあった。

 三枚目は、水気を丁寧に拭いた。粉を薄くはたき、バターの泡が細かくなってから魚を置く。焼ける音が静かになったところで返し、最後にレモンを絞った。

 皮はぱりっとし、白い身はほどけた。焦がしバターの香りに酸味が重なり、幼い頃より少し苦く感じた。

「魚くらい、焼けたよ」

 壱成は金魚鉢へ言った。

 父の言葉は相変わらず不器用なままだ。けれど、突き放すだけの言葉ではなかったと思える余地が、皿の上にできていた。

 べにが水面で小さな泡を一つ作った。換気扇を止めても、台所にはバターとレモンの匂いが残り、鉄のフライパンは、掌へゆっくり熱を返していた。

 壱成は伝票の裏の落書きを額へ入れず、調味料棚へ立てかけた。油が飛べばまた染みが増える。それでよかった。父が大切にしたのも完成品ではなく、暮らしの途中で描かれた小さな魚だったのだろう。次は別の魚でも焼いてみようと思った。