金魚鉢ほどの夏
両親が別々に暮らし始めてから、夏祭りは母と行くものになった。
父は忙しいから、と母は言う。父は「また今度な」とメッセージを寄こす。私はどちらにも、来てほしいとは書かなかった。お願いした方が負ける気がしていた。
金魚すくいの屋台で、母が財布を出しているあいだに、私は一匹を狙った。
赤い尾が紙の上へ乗り、ぽいが破れた。その瞬間、笛も太鼓も、空へ上がった焼きそばの湯気も止まった。
息を止めているあいだだけ、私だけが動けた。
破れた紙から金魚が落ちるより先に、私は顔を上げた。
屋台の向こう、人混みの端に父がいた。浴衣でもなく、仕事帰りのシャツ姿で、こちらへ歩きかけたまま固まっている。右手には、子どもの頃に三人で撮った祭りの写真。左手には、金魚の餌が入った小袋があった。
母は私の隣で、財布とは別のものを握っていた。
去年まで父が使っていた青い巾着だった。口から、小さな水槽の引換券がのぞいている。金魚が取れたら父の家にも置けるように、二つ買ったらしい。
二人とも、相手の姿にまだ気づいていない。
気づけば、きっと顔を硬くする。私の前では平気なふりをするのが、二人の新しい約束だった。
胸が苦しくなり、息が漏れた。
世界が動き出す。金魚が水へ落ち、太鼓が腹に響いた。
父が立ち止まり、母が振り向いた。
「仕事じゃなかったの」
「早く終わった」
それだけで、二人は黙った。
私は屋台のおじさんから残念賞の金魚を一匹もらった。透明な袋の中で、赤い尾が忙しく揺れた。
「水槽、二つあるんでしょ」
母の手が止まる。
父にも餌の袋を出させた。
「この子、週替わりにする。私と一緒」
父は笑いかけ、途中で泣きそうな顔になった。母は「金魚が疲れる」と言いながら、巾着を父へ押しつけた。
三人で歩いたのは、鳥居までの短い道だけだった。
父は右へ、私たちは左へ帰った。それでも別れ際、母は父に「餌はやりすぎないで」と言い、父は「そっちもな」と答えた。
家族が元に戻ったわけではない。
ただ、破れた紙ほどの隙間から、まだ残っているものが見えた。
袋の中の金魚は、二つの家の灯りを順番に映しながら、その夏を生きた。