鉄扉が歌う夕暮れ
鍛冶師サヴァは、王都で最後まで釘ばかり打たされていた。
魔剣を打つ家系に生まれながら、火属性が弱い。そう決めつけられ、工房を追い出された彼女が受け取った辺境の土地には、石造りのパン窯が一つ残っていた。窯本体は無事だったが、鉄扉が歪み、閉めても指三本ぶんの隙間が空く。
初日の仕事は、その扉だけを直すことにした。
サヴァは蝶番から外し、平たい岩を金床代わりにした。炭を起こし、赤くなるまで熱してから槌を振るう。魔力で炎を大きくはできない。だから色を見る。暗い赤、熟れた柿、朝日の橙。鉄が最も素直になる一瞬を待ち、縁を少しずつ叩いた。
かん、かん、かあん。
槌を急げば鉄は縁から波打つ。サヴァは一打ごとに扉を横から眺め、歪みが戻るのを待った。
最後の一打だけ、谷へ澄んだ音が伸びた。見物していた郵便配達人トゥルが、思わず拍手する。
「剣より、いい音ですね」
「剣を打ったことはない」
「じゃあ、比べようがないから、これが一番です」
冷ました扉を戻すと、窯口へぴたりと収まった。取っ手を下ろせば隙間は消え、内側の火が一筋も漏れない。
サヴァは粉へ山羊乳と塩を混ぜ、拳ほどの生地を二つ作った。窯へ入れて扉を閉める。鉄板の向こうで薪が爆ぜるたび、扉が低く、こおん、と鳴った。それは工房の怒鳴り声より、ずっと穏やかな歌だった。
焼き上がったパンは、表面が薄く艶を帯びていた。割ると乳の甘い湯気が上がる。底は焦げず、縁まで均一に焼けている。
坂道を下りかけたトゥルが、郵便鞄から三枚の木札を取り出した。
「麓の家からです。鍋の取っ手が一つ、山羊小屋の蝶番が二つ。それから共同窯の扉が一枚。代金は麦とチーズで」
魔剣ではない。英雄の名も刻まれない。それでも全部、直れば誰かの明日が少し楽になる品だった。
サヴァは木札を鉄扉の上へ並べ、パンを一つトゥルへ渡した。
「まず、熱いうちに」
彼女が取っ手をもう一度上げ下げすると、鉄扉は、こおん、と満足そうに答えた。三枚の木札も微かに震えた。
工房では一度も褒められなかった腕が、今夜は火を逃がさず、二人分の食事を焼き、次の仕事まで呼び寄せた。
サヴァは乳の湯気を吸い込んだ。胸に空いていた隙間も、もう指一本ぶん残っていなかった。