銀の匙を舐めた受験生
「この銀の匙で、鍋の味を確かめなさい」
王都料理学舎の最終試験。審査長が差し出した匙は、柄に葡萄の彫刻がある。蓮司はそれを見た瞬間、舌に蘇った塩辛さで吐きそうになった。
前の人生では、鶏と白根菜の澄まし汁を完璧に仕上げたはずだった。ところがこの匙で味見をした途端、舌が塩に麻痺した。慌てて水を足し、薄い汁を出して最低点。学舎を追われたあと、屋台の洗い場で知った。葡萄柄の匙は内部が空洞で、柄を傾けると先端から塩が落ちる細工物だった。
同じ鍋から、柔らかな湯気が上がっている。
「時間がないぞ。味見を」
前の蓮司は「はい」と匙を汁へ入れた。
今度は鍋ではなく、乾いた匙の先を舐めた。
ざらり。
塩の粒が舌へ当たる。
「この鍋は、もう完成しています」
「ならば、なぜ味見をしない」
「しました。鍋ではなく、匙を」
蓮司は銀匙を白い皿の上で振った。柄の葡萄を押すと、先端の穴から細かな塩が一筋こぼれる。観客席から声が上がった。
審査長の隣にいた料理長が、匙を奪って柄を折る。中には塩と小さなばね。
「誰がこれを配った」
給仕係が青ざめて後ずさる。前の人生では蓮司を「味も分からぬ田舎者」と罵った男だ。
だが試験はまだ終わっていない。
料理長は新しい木匙を差し出した。
「作り直すか?」
「必要ありません」
蓮司は前とは違う返答をし、鍋から一杯だけ器へ注いだ。蓋を開けた瞬間、焼いた葱の香りが立ち、騒いでいた見物席まで静かになる。鶏の脂は金の輪となり、白根菜は匙の縁でほどける。汁は澄んでいるのに、湯気だけで舌の奥へ旨味が戻ってくる。料理長が口に含む。閉じていた目が開く。咀嚼は一度。二度目はない。飲み込んだあと、器の底を確かめるように傾けた。
審査卓の札が、次々と表へ返された。
【香り十点】【火入れ十点】【塩味十点】
最後に審査長自身の札が上がる。
【首席】
前の人生で必ず鳴った失格の銅鑼は沈黙し、代わりに厨房の注文鐘が三度鳴った。
「蓮司。入学初日の晩餐、その汁を百人前頼む」