銀杏茶の一葉

駅前の大銀杏は、道路拡張のため伐られることになった。

市の担当者は、説明会で何度も頭を下げた。

住民は反対し、亡くなった人との思い出や、子どもの頃の写真を見せた。

担当者自身も、その木の下で祖母に毎朝見送られた。

伐採前夜、近所の茶店から銀杏の葉を一枚煎じた茶を渡された。

「冷めるまで、木の言葉が聞こえます」

担当者は木の根元で茶を飲んだ。

「伐られたくないか」

幹の奥から、低い声がした。

「光、上。水、下。鳥、十七。人、三」

木は、今あるものを数えるばかりだった。

「みんな、あなたを残したがってる」

「残す?」

「この場所に」

「場所は、毎年違う」

銀杏にとって、枝は伸び、根は割れ、道も建物も変わっていた。

人間が同じ木だと思う百年を、木は毎年別の季節として受け取っているらしい。

担当者は祖母のことを尋ねた。

「ここで、小柄な人が私を待っていた。覚えてる?」

長い沈黙のあと、木は言った。

「黄色い布。足、遅い。毎朝、幹を二回」

祖母は銀杏へ手を当て、二度叩く癖があった。

木は名前も関係も知らない。

触れた圧力だけを覚えていた。

担当者の茶が冷め始めた。

「何を残せばいい」

「実、落ちた。鳥、運ぶ。人、拾う」

木は自分の幹を残してほしいとは言わなかった。

既に落とした実の話をした。

翌朝、伐採は予定どおり行われた。

担当者は住民の前で、木が伐られても仕方ないとは言わなかった。

悲しいものは悲しいまま、必要な工事を進めた。

その代わり、集めていた実から苗を育て、学校、病院、公園へ分けた。

大銀杏の材はベンチになり、駅前の新しい歩道へ置かれた。

何年か後、担当者の子どもが学校の若い銀杏へ手を当てた。

二度叩く。

祖母の癖を教えたわけではない。

ベンチに座る父を呼ぶ合図として、自分で始めたのだ。

大銀杏と話す茶は、もう作れない。

けれど木の言葉は、形を変えて残った。

場所は毎年違う。

人も、木も、同じ姿ではいられない。

だからこそ、触れたことを次の場所へ渡すのだと、担当者は黄色い葉が増えるたび思う。