銀皿の毒
勇者ゼクスの一行が支援魔術師モルネを追放したのは、魔王領へ入る前夜だった。
「解毒しかできない者に、最後の戦いの席はない」
「では、今夜で契約を終えます」
「好きにしろ。神官パウナの上級解毒があれば十分だ」
翌日の昼、一行は占領した砦で銀皿の昼食を取った。
焼いた沼鳥、紫茸のスープ、黒葡萄酒。毒見役が一口ずつ食べ、何も起きないのを確かめてから全員が口をつけた。
最初に匙を落としたのはゼクスだった。
指が痺れ、舌が回らない。パウナが上級解毒を唱えると症状は一度消えたが、次の一口でまた戻った。二度目の術は弱まり、三度目には杖を握る腕まで動かなくなった。
ゼクスは剣を抜こうとして椅子ごと倒れた。魔王軍の襲撃ではないため、勇者の加護も反応しない。砦の捕虜たちは格子の向こうから、昼食に敗れた勇者一行を見ていた。パウナは最後の浄化石を葡萄酒へ落としたが、石は一種類の毒だけ吸って砕けた。
「毒見は無事だったぞ……」
厨房を調べた斥候が青ざめる。
「一品ごとの毒は微量です。沼鳥、茸、葡萄酒、それぞれ別の毒で、体内で重なってから効いています」
モルネの術は、毒を受けてから消すものではなかった。
食事のたび、呼吸のたび、皮膚に触れるたび、仲間の体へ入った異物を少しずつ薄めていた。彼らが魔王領の料理を平然と食べられたのは、体が強かったからではない。
同じころ、モルネは王都薬療院の調合室で、猛毒薬草を安全に刻んでいた。
院長イヴァルは完成した解熱剤を掲げる。
「これまで手袋越しでも一日一本しか作れなかった。君がいれば十本作れる」
「戦闘では一人も倒せません」
「ここでは、一人も倒れさせない者が最上位だ」
薬療院は彼女へ専用の調合卓を与え、完成した十本のうち一本目には、院長ではなくモルネの封印が押された。毒を消すだけの仕事は、百人へ薬を届ける仕事になった。
砦から担架付きの馬車が着き、痺れたゼクスの代わりにパウナが叫んだ。
「すぐ来て! 報酬は倍にする。勇者命令よ!」
モルネは薬療院の雇用章を胸へ留めた。
「勇者一行との支援契約は、追放を受け入れた時点で終了しています」