銀貨一枚の酸味
籠いっぱいの小玉葱が、城下の救貧院で芽を出していた。
院長ドロテは帳簿を閉じる。
「三日後には半分捨てるしかない。冬の汁物がまた薄くなるね」
寄付された四十籠は、暖炉の近い倉に押し込まれていた。外皮の下から緑の芽が伸び、柔らかくなったものは朝だけで二籠。次の寄付は雪解け後だ。
古参料理人は、まだ食べられる分を薄切りにして煮込めと言う。しかし三百人の子どもへ配れば、二日で尽きる。
厨房手伝いの榎本澄花は、酢屋へ銀貨一枚を持って走った。
戻ると玉葱の皮を剥き、根と芽だけを切る。塩を振るでも油で煮るでもなく、沸かした葡萄酢へ沈めた。瓶の口まで満たし、玉葱が浮かないよう小皿を載せる。香草は入れず、甘味も足さない。
「そんな酸っぱいもの、子どもが食べるものか」
古参の料理人が顔をしかめる。
澄花は蓋をして、棚へ置いただけだった。
七日後、芽を出した残りの玉葱は柔らかく萎れ、三籠分が穴へ捨てられた。
古参料理人は勝ち誇って澄花の瓶を持ち上げたが、蓋は膨らまず、液も濁っていない。開けると、白い玉葱は真珠のように透けていた。腐敗臭はなく、葡萄の鋭い香りだけが立つ。切れば中心まで酢が入り、しゃきりと歯が鳴った。
脂の多い羊煮込みに一粒添える。
院長は半信半疑で噛み、次に煮込みを口へ運んだ。重かった脂が消え、薄い塩味まで鮮やかになる。
子どもたちは酸っぱいと笑いながら、皿の端の玉葱を取り合った。
澄花が瓶一つに使った酢代を示す。銀貨一枚で小玉葱百五十個。捨てれば食事三百皿分が消えていた。
しかも煮込み一鍋につき一粒添えるだけでよい。子どもたちは薄い汁を残していた昨日と違い、酸味を追いかけて最後までパンで拭った。
院長は帳簿の廃棄欄を一本線で消した。
その日の午後、寄付の査察に来た城の守備隊長が試食した。遠征では脂の固まった肉を兵が残すと聞き、もう一粒を肉と一緒に噛む。顔色が変わり、瓶を持ったまま立ち上がった。
「兵糧庫に残る玉葱は四千。全部これにしてくれ」
ドロテは澄花へ厨房の正鍵を渡した。
銀貨一枚の酢は、金貨二十枚の注文へ変わっていた。