錆びた栓を回すまで

錬金術師ミレイが工房を追い出された理由は、「高価な霊薬より、壊れた道具を直すほうを好んだから」だった。

代わりに渡された辺境の土地には、石造りの小さな浴槽と、温泉を止めたまま錆びついた青銅の栓があった。

栓は両手で握っても動かない。

浴槽の縁には、昔ここを使った人が刻んだ小さな花模様が残っていた。捨てられたのは土地であって、楽しみに来た人の記憶まで無価値ではない。新しい装置に取り替えるより、この栓をもう一度働かせたい。ミレイは機構図を土へ描き、内部のねじ山を傷めない順番を考えた。隙間には白い鉱石が何層も固まり、金属を石のように包んでいる。

「よし。今日はあなた一人に決めた」

ミレイは小屋の掃除も荷解きもせず、栓の前に座った。

強酸を使えば早い。だが青銅まで傷む。彼女は温泉の湯気を布へ吸わせ、鉱石を温め、持参した果実酢を少しずつ垂らした。柔らかくなった層だけを木べらで剥がす。白い欠片が皿へ落ちるたび、埋もれていた溝が一本ずつ現れた。壊れたのではなく、長く誰にも回されなかっただけなのだ。

昼が傾くころ、栓の輪郭が現れた。布を巻いて握り、息を吐きながら力をかける。

ぎ、ぎぎ。

半回転。

次の瞬間、管の奥から湯が噴き出した。乾いていた浴槽の底へ透明な流れが広がり、白い湯気が石壁を曇らせる。金属と鉱石の匂いの奥に、温められた木の甘い香りが混じった。

ミレイは笑って、源泉の上に小さな蒸し籠を置いた。旅の途中で練った香草団子が、湯気を吸ってふくらむ。蓋を開けると、緑の葉と小麦の匂いが一気にあふれた。

工房から届いた魔法封筒は、そのとき机の上で震え始めた。

『王妃の霊薬が完成しない。主任錬金術師として帰還せよ』

以前は助手にも数えなかったくせに、肩書だけは立派だ。

ミレイは封筒を乾いた棚へ移し、開けずに団子を一つ割った。中から肉汁が湯気と一緒にこぼれる。

「壊した人の命令より、直ったもののお祝いが先」

錆びた栓は、もう軽い力で回った。ミレイは湯を少し細くし、自分のための夕食をゆっくり噛んだ。