録音されない質問

羽鳥紗和警部補は、録音機の赤いランプを指した。

「これ以降、すべて記録します」

城野俊介は笑わなかった。通信傍受の対象を新聞記者へ漏らした疑いで逮捕された元捜査員だ。漏えいを認めれば、日比野刑事部長が進めた違法傍受の話は妄想として処理できる。紗和に渡された質問表も、記者との接触だけを繰り返す内容だった。

「記録されるなら答える」

「では、傍受情報を渡しましたか」

「今の質問は録音されていない」

紗和はランプを見た。点灯している。

「機械は動いています」

「波形を見てください」

端末の音量表示は、二人が話しても一直線だった。ランプだけ点けた遠隔消音。管理権限を持つ者なら、監視室から操作できる。

内線に日比野の名が表示された。

「機器の癖だ。続けろ」

「この状態では取調べを中断します」

「被疑者の時間稼ぎに乗るな」

電話が切れた直後、波形が動き始めた。城野は机に両手を置く。

「もう一度、同じ質問を」

「傍受情報を渡しましたか」

「渡していない」

「違法傍受はあった?」

波形がまた止まった。

城野は小さく息を吐いた。

「それが答えです」

紗和は理解した。日比野は城野の証言だけでなく、質問そのものを記録から消している。違法傍受の存在を尋ねた事実が残れば、監察も検察も無視できない。

「あなたは私に、消音を確認させるために黙っていたの」

「あなたが向こう側なら、俺の口だけが悪くなる。こちら側なら、機械が証人になる」

無実を訴える人間の言葉ではない。捜査員だった男の罠だった。だが罠に落ちたのは、質問を消した側だ。

紗和は録音機の裏蓋を開けた。保守用の副記録カードは、主回線の消音操作と無関係に室内音と操作履歴を保存する。再生すると、赤いランプの下で消えた二つの質問も、日比野の内線も入っていた。

監視室の扉が開く音がした。

紗和はカードを抜き、証拠封筒へ入れた。封印欄に自分の名を書き、日比野が入室する直前、監察官室の机上へ送る庁内便ボックスへ落とした。