鍵のかからない財布

父は、財布のファスナーを閉めない。

認知症が進んで指先が動かないのだと私は思い、訪問介護の千佐が来る日は、紙幣の隅に口紅で小さな点をつけた。盗まれても分かるようにするためだ。

千佐は父と二人になると、決まって銀行の話をした。私が部屋へ入ると口をつぐみ、通帳を伏せる。介護士が金銭に触れるのはおかしい。私は父の通帳を新しい紺色のカバーへ入れ替え、古いものは捨てた。住所や支店名を他人に覚えられないための予防だった。

父の年金は、同居する私が管理している。家賃、光熱費、介護用品。余った分を私のカード支払いへ回すこともあるが、父を支えるために仕事を減らした補填だ。家族の金を家族に使って、誰に責められるのだろう。

千佐が父に小銭を数えさせるのも不快だった。できないことを試して尊厳を傷つけている。私は買い物の釣りを見せず、父が金を気にしないよう、財布にはいつも同じ三千円だけ残した。

ある朝、口紅をつけた一万円札が一枚消えた。私は事業所へ連絡し、千佐の鞄を確認してほしいと求めた。彼女は否定せず、父の前で小さな封筒を出した。

中には、父が自分で書いた引き出し記録と、私のカード会社への振込票が入っていた。震える字でも日付と金額は合っている。千佐は、父から頼まれて別口座を作る相談をしていたという。

「娘に盗られる」と父が訴えた、と。

私は笑った。父は昨日の夕食も忘れる。記録など千佐が書かせたに決まっている。すると父は、財布に入れた紙幣の番号を三つ、すらすら読み上げた。ファスナーを閉めなかったのは、私が触るか確かめるためだった。

警察へ相談すると言われ、私は父の妄想に付き合わないでほしいと怒った。父は私を見ず、千佐に新しい通帳を預けた。

帰宅して鞄を開けると、消えた一万円札が私の定期入れに挟まっていた。誰かが入れたのだ。父にそんな知恵が残っているはずはない。

口紅の点だけは、私が父の財布へ入れた時と同じ向きで、こちらを向いていた。