鐘楼裏の番茶会

 山寺の鐘が夜九時を告げると、人間たちは庫裏の灯りを落とす。

 それから一時間ほどして、鐘楼の裏へ動物たちが集まった。狸の鐘墨、寺猫の胡粉、杉の梢に住む鴉の墨差、池から上がってきた亀の苔衣。欠けた茶碗には、和尚が夕方に捨て忘れた薄い番茶が少しだけ残っていた。

「本日の議題は、和尚の独り言」

 鐘墨が腹を撫でながら言った。

「最近、朝のお勤めが終わるたび、『今日も静かだ』と申しております」

「寺なのだから静かでよい」

 墨差が首を傾ける。

「声が、よくない」

 胡粉は縁側で何度も聞いていた。

 去年まで和尚の妻が、朝の茶を二つ用意していた。今は湯呑みが一つだけで、もう一つは食器棚の奥に伏せられている。

 動物たちは、和尚を無理に賑やかにするつもりはなかった。

 胡粉は膝へ乗るのが嫌いだし、墨差は人間の前で喋らない。鐘墨は台所へ入れば追い出される。苔衣に至っては、朝までに縁側へ着けるかどうかも怪しい。

「一人でいることと、独りきりだと思うことは違う」

 苔衣がゆっくり言った。

「では、朝の茶に間に合わせよう」

 夜のうちに役割が決まった。

 墨差は食器棚の上へ飛び、伏せてあった湯呑みの隣に小さな松ぼっくりを置く。胡粉は座布団の上で丸くなり、鐘墨は勝手口の外へどんぐりを二つ並べた。苔衣は鐘楼裏から縁側へ向かって歩き始めた。

「到着は?」

「日の出頃」

「会議より長いな」

「急ぐと、茶の味が分からぬ」

 翌朝、和尚はいつものように湯を沸かした。

 棚の松ぼっくりを見つけ、二つ目の湯呑みを手に取る。少し迷ってから、番茶を二杯に注いだ。

「お前たちの分ではないぞ」

 縁側の胡粉へ言い、片方を妻が座っていた場所へ置く。

 そこへ苔衣がようやく到着した。和尚は驚き、胡粉は目を細め、勝手口では鐘墨が鼻を鳴らした。墨差も屋根から降り、四匹がほどよい距離に並ぶ。

「今日も静かだな」

 和尚は言った。

 昨日と同じ言葉だったが、声は違った。

「静かでも、誰もいないわけではないか」

 湯気に番茶の香ばしさが立ち、朝露に濡れた杉の匂いと混じった。

 その夜の会議で、鐘墨は「成果あり」と議事録へ爪跡をつけた。

 苔衣はまだ帰路の途中だったので、次回の議題は開始時刻の見直しになった。胡粉が欠けた茶碗へ顔を寄せると、昼の番茶の温度がほんの少し残っていた。