閉じたプールの会員証

市営プールの閉館を知らせる葉書が、杏緒のもとへ届いた。

〈最終営業日に、旧会員のための自由遊泳を行います〉

水色の会員証は、高校を卒業した春から財布の奥に入れっぱなしだった。写真の杏緒は十八歳で、短い髪を耳にかけ、泳げばどこへでも行けると思っている顔をしている。

帰郷するか迷い始めたのは、その葉書が届く少し前だ。市の短期居住制度に申し込めば、三か月だけ町に住める。東京の部屋は更新月を迎える。どちらも期限は今週だった。

机の上に二枚のカードを置いた。古いプールの会員証と、東京のスポーツジムの入館証。会員証の角は白く剥げ、入館証には顔写真さえない。過去と現在を並べたつもりだったが、どちらも杏緒が途中で通わなくなった場所だった。

三十歳を前にすると、続かなかったものが急に失敗の一覧表に見える。水泳、日記、ギター、早起き。故郷へ戻れば、十八歳の自分が置いていった宿題を回収できる気がした。

けれど、閉館するプールへ行っても、続きは泳げない。

杏緒は葉書に記された番号へ電話した。最終営業日の参加申込は、一回の電話で済んだ。

「何メートル泳げますか」と聞かれ、「たぶん、二十五」と答えると、受付の人は笑わなかった。「途中で立っても大丈夫です」と言った。

その言葉を聞いたとき、帰郷も同じでいいのだと思った。最後まで泳ぐと誓わなくても、水に入ることはできる。

電話を置いたあと、杏緒は水着を買いに出た。競泳用ではなく、体の線を隠す紺色のものを選んだ。昔の速さを取り戻すためではなく、今の体で水に入るための一着だった。試着室の鏡に映る肩は、十八歳より丸く、思ったほど悪くなかった。

杏緒は短期居住制度の申込書に、三か月と書いた。東京の部屋はすぐ解約せず、荷物を預ける小さな倉庫も契約した。二重の費用は、潔くない選択の代金だった。

最終営業日、杏緒は十八歳の会員証を受付へ出した。係員は穴を開けず、そのまま返してくれた。

更衣室で、古い会員証と新しい滞在証をロッカーの棚に並べる。水へ入れば、最初の二十五メートルで息が切れるだろう。

それでも杏緒は、戻った自分が途中で立つ可能性まで、誰にも隠さず引き受けた。