防御値一の転入生
魔導学院へ転入したリュゼの防御値は、たったの「1」だった。
教室の鑑定板に数字が出た瞬間、首席ネストが吹き出した。
「一? 紙より薄いじゃないか。防御科へ来る教室を間違えたんじゃないか?」
教官ハルヴィも困った顔で、再測定を勧めた。だがリュゼは首を横に振り、分厚い教本を抱えたまま訓練場へ立つ。
「実技なら、早く終わらせてください。次の章を読みたいので」
ネストは侮辱と受け取った。彼が操る火甲竜シンダロスは、学院で最も高い攻撃値を持つ。
「一撃で保健室送りだ。《通常火炎》!」
竜の口から扇状の炎が広がった。標的用の鉄人形が一列まとめて赤熱し、教官が張った安全結界まで軋む。
ネストが勝ち誇ったのは、炎の中央でページをめくる音がするまでだった。
煙が晴れる。リュゼは教本を胸の前で開き、同じ行を指でなぞったまま立っていた。制服にも火傷にも変化はない。しおりの細い紐さえ、炎の風で揺れていなかった。
最初に異常を理解したのはシンダロスだった。竜は獲物の肉が焼ける匂いを待っていた。だが漂ってくるのは、古い紙とインクの匂いだけだ。前脚が無意識に土を掻く。
「結界を隠し持っている!」
ネストが叫ぶと、リュゼは教本から目を上げた。
「結界なら、攻撃を受けた分だけ魔力が減ります。私はまだ一度も、減ったことがありません」
「シンダロス、《煉獄球》だ!」
二撃目は球状に圧縮された竜炎だった。着弾点から火柱が上がり、訓練場の天井結界へ突き刺さる。教官たちが退避を命じたときには、石床の表面が消えていた。
火が収まる。
リュゼは同じ場所で、同じページを開いていた。
「防御値一の意味、授業で習いませんでしたか」
彼女は鑑定板を指す。
「数値欄が一桁しかない古式板では、上限を一周した値は最初へ戻るんです」
ハルヴィが青ざめ、桁数の多い王国標準板を運ばせた。だが板は起動直後に数字を並べることを諦め、真っ白になった。
リュゼが静かに本を閉じる。
火甲竜の手綱を握っていたネストは、初めて一歩退いた。