雨粒の検針票

水道検針員の怜央は、雨の日も住宅街を歩く。

メーターボックスの蓋には泥が溜まり、数字を読むたび手袋が黒くなる。記録端末へ雨粒が落ち、画面を何度も袖で拭いた。

坂の上の家では、庭の犬がいつも吠える。ところがその日は、軒下で丸くなり、怜央を見ても尾を一度振っただけだった。

メーターを確認していると、玄関から家主の苗が出てきた。手にタオルと紙コップを持っている。

「毎月、雨でも来るんですね」

「水道なので」

自分でも妙な答えだと思った。

紙コップには温かいほうじ茶が入っていた。怜央は軒下で飲んだ。焙じた香りが、濡れた土と犬の毛の匂いに混じる。

苗は検針票を受け取り、数字を見た。

「先月より少ない」

「旅行でも?」

「犬が入院してたんです。昨日、戻ってきて」

軒下の犬は、話を聞いているように目を細めた。怜央が屈むと、湿った鼻を手袋へ押しつける。

茶を飲み終え、次の家へ向かった。紙コップは捨てず、鞄の脇へ入れた。しばらく手の中に温度が残るからだ。

一か月後、同じ家へ行くと晴れていた。犬は庭を走り回り、前月の分まで吠えた。苗は窓から謝るように手を振る。

怜央はメーターを読み、検針票をポストへ入れた。水の使用量は少し増えている。犬の食器を洗い、散歩の後の足を拭いた分だろう。

数字の向こうに暮らしの温度がある。怜央は坂を下りながら、晴天にはないほうじ茶の香りを思い出した。

怜央はそれから、雨の日だけ小さな保温瓶を持つようになった。紙コップの茶に助けられたのを思い出し、自分でほうじ茶を淹れていく。坂の途中で一口飲むと、冷えた指が戻る。苗の家では犬が吠え、メーターの蓋へ前足の泥をつけた。怜央は数字を入力したあと、その足跡を拭かずに残した。次の雨が来れば消える程度の暮らしの印だった。

坂の下で振り返ると、犬はまだ門の内側から見ていた。苗が濡れた背をタオルで拭いている。その一枚の布が動くたび、晴れた午後にも雨の日の温かさが見えた。